『カンボジアは誘う』
平野久美子 著
2001年7月発行、新潮社
ISBN4−10−424502−X
なんとも不思議な魅力の本である。隣国のタイやベトナムに比べ、一般にはあまり知られていないカンボジアの「食」関連情報が、溢れんばかりに盛り込まれ、更に旅情報なども満載の、一面では大変実用的で便利な情報データガイドブックとなっている。が、こうした情報の充実感に加え、カンボジアの人たちとの交流やいろんな話・体験を綴る著者の思いや感じ方にすっかり誘われてしまい、温かいカンボジアの土地や人にすぐにでもひたり、のんびりと美味しいカンボジア料理を味わいたい気持ちにさせる本だ。著者も「戦争のイメージばかりでカンボジアをとらえるのではなく、まず、そこに住む人々や、普通の暮らしに興味をもってみてはどうだろう。」と、あとがきに書いているが、本書で紹介されている今のカンボジアのいろんな人たちの普通の暮らしに親しみや近さを感じることであろう。
1973年学習院大学仏文学科卒業後、出版社勤務を経て、フリーの編集者・ライターとして多くの雑誌の企画編集に関わってこられた著者は、香港・中国・台湾といった華人圏に関する執筆も多くアジアの国々の生活と文化に深い関心を持つ作家として知られているが、アジアンティーの紹介などでも積極的に活躍されている。
この著者とカンボジアとのつきあいは、1988年、パリの十区でクメール料理店を経営していた亡命中の元外交官ウォンサニット氏と知り合ったことから始まったそうだ。この人物の数奇な運命と、飛び切り美味しい料理に惹かれた著者が最初に覚えたクメール語が、「オークンン」(ありがとう)や「チュムリァプスォー」(こんにちは)ではなく、「チュガンニュ」(美味しい)であったということで、本書でも、著者が一番自然に出てくるようになったこのクメール語が、頻繁に登場する。尚、著者は、昭和19年に南方特別留学生として来日したこの元カンボジア人外交官と、義母として氏に寄り添って波乱の人生を送った日本人女性・梶原千代さんの生涯を『淡淡有情』と題するノンフィクション(小学館刊、2000年3月)にまとめたが、この作品が、第6回小学館ノンフィクション大賞を受賞している。
カンボジアの「食」の魅力の紹介は、都市から農村・田舎まで、屋台や地元の食堂で食べる料理から、家庭料理まで、ア・モック(魚のココナッツミルク風味蒸し)、サムロー(汁物のおかずの総称)などの代表的な料理の作り方から魚、野菜、香草(チー)などの各種食材、更にはパン、デザート、コーヒー、お茶、プラホック(魚醤)、米酒、昆虫料理などから、おすすめの料理店から喫茶店、スーパーマーケット、都市と農村の台所の様子などと、広い範囲に及んでいる。カラー写真もたくさん掲載されているので、わかりやすいし見ていても楽しい図鑑のようだ。ユニークなのは、タイ、カンボジア、ヴェトナム、ラオス間のスダンよく使う食材とあまり使わぬものの比較一覧表。このようにカンボジア料理だけの言及ではなく、近隣諸国との比較紹介が随所に登場してくる。
料理の話題が中心ではあるものの、ルッペア細工やクメール焼き、素焼きの土器、絹織りなどカンボジアの工芸や、仏画師や旅行社経営の元日本国費留学生などをはじめ、様々なカンボジア人にもスポットをあてて紹介している。2000年10月には、史上初のアンコールワットでの結婚式が、埼玉県在住の日本人カップルを主役に挙行された事も本書で初めて知った。
クメール舞踊についても取り上げられており、今年5月から6月にかけて30年ぶりの来日で日本全国で公演を行うカンボジア王立舞踊団のことも紹介されている。また本書にはたくさんの素敵な写真が掲載されているが、個人的にはなかでも、206〜207頁のカラー写真群が気に入っている。クメール人の伝統的なかぶりもののタータンチェックの綿布クロマーの写真なのだが、老婆の”お姫様かぶり”、青年のりりしいかぶり姿、貫禄が出る村の長老のかぶり方、笑顔が最高のカンボジア娘のクロマーかぶりなど、各人の表情が味があることもあってクロマーがとてもおしゃれだ。
パイリン、バッタンボン、コンポンチュナン、カンダール州などとカンボジアの地方部に旅を重ねた様子も掲載されているが、特にカンボジア東北部のラタナキリ州には誘われてしまう。州都バンルンにあるリゾートホテル「テール・ルージュ・ロッジ TERRES
ROUGES LODGE」(フランス語のホームページ)とその経営者夫婦(1992年フランスのPKO部隊に参加してカンボジアにやってきて任務終了後もカンボジアに住み着いたフランス人男性と、プノンペン生まれのプノンペン大学生だったカンボジア人女性のカップル)が紹介されている。目の前にはバンカンサイ湖が広がるリゾートホテルで、元州知事の別荘を改装したものとのことだが、のんびりとリフレッシュできるすてきな滞在が期待できそうだ。
本書の目次
第一章 都市から眺めるカンボジアンスタイル
プノンペンは”東洋のパリ”?/よみがえるチャイナタウン
ヴェトナム料理の存在感/使命に燃えるUターン組/禁断のクメール料理
インドシナは文化のごった煮圏/元宮廷厨房師のおもてなし
インドシーヌと呼ばれた時代/フランスの置きみやげ
我を忘れたバゲットたち/ここまで化けるか、フランス料理
ひっそりと、フレンチレストラン/甘くてぷるぷるのデザート
激甘コーヒーの恍惚/「お茶しましょ」はありですか?
女性お断り?の喫茶店/怪しいスーパーマーケット、只今営業中
アラン・ドロン商法/ブランド信仰の憂鬱/サムデック・オウの誕生日
トウモロコシ屋でお昼寝デート/ラタナキリの隠れ家
第二章 その先の遺跡へ、田園へ
観光最前線のシェムリアップ/遺跡が教える暮らしのカタチ
来世にかける善男善女/トンレサップ湖は、”宝の海”
朝ご飯はボボーとクィーティウー/昼ご飯は家族みんなで
日の暮れぬうちに夜ご飯/クメール名物ノゥムバンチョック
熱帯植物図鑑で食材チェック/魚醤油お国自慢
スラソウで酩酊する/番外編・アピンとアンクロング
台所を見せて下さい/ほの暗さが快適な田舎の家
支え合う精神が豊かさを生む
第三章 クメールの手わざを我が家へ
雑貨ブームを考える/ルッペア細工で食卓を演出
掘り出し物のクメール焼き/素焼きの土器の純朴さ
クロマーは自在布/復活した絹のあでやかさ
絹織物の買い方・飾り方/極楽チックな看板/帰国後のおたのしみ
第四章 また会いたい、あの笑顔に
仏画師ボーヌさん/平和をアピールする元留学生
アンコール・ワットで結婚式/アプサラの踊りと舞姫
未来を担うアプサラたち/カンボジアは誘う
あとがき
参考書籍一覧
巻末付録・情報編
人口と民族/面積/時差/観光のベストシーズンは?/ヴィザについて
情報の集め方/通貨と両替/クレジットカードは使えるか
旅のごきげんアイテム/カンボジアへの行き方/国内での移動手段
国内線/クメール語で1,2,3.数詞の話/バイクタクシーの利用法
地図の入手法/水の話/「郷に入りては郷に従え」トイレ事情
インターネット事情/安全で清潔な、おすすめホテル
カンボジアの食事処事情/言葉が通じないレストランでは
おすすめ食事処/カンボジアの日本料理事情/カンボジアのビール
コショウのピリピリ感/本書で紹介したショップ
思い出がよみがえるおすすめ土産