著者略歴
(本書紹介文より。1956年発刊当時)
秋永
芳郎 (あきなが・よしろう)
関西学院大学(旧制)に学び、毎日新聞記者を経て作家となる。
昭和16年、航空小説「翼の人々」により第1回航空文学賞受賞。太平洋戦争には陸軍に徴用され、第3飛行集団づき報道
班員としてマレー作戦に従軍した。
戦後、地方新聞小説に主力を注ぎ「柔道開眼」「虹の階段」「異人館の女」などの著書がある。
本書で紹介されている軍人と部隊の一部
●加藤健夫
中佐
(1903年9月−1942年5月)
明治36年9月、屯田兵二等軍曹として
北海道開拓に従事した鉄蔵の二男として北海道上川郡旭川村に生れた。父・鉄蔵は日露戦役に召集され、乃木第3軍に従い奉天会戦に参加、大寒屯に戦死。父の感化からか、幼少より軍人を希望してやまなかったという。
支那事変勃発とともに北支各地に転戦、感状をうけること3回、大東亜戦争勃発とともにマレー、スマトラ、ジャワ、ビルマに転戦、感状をうけること4回、加藤部隊の撃墜機数は2百数十を算し、陸鷲の至宝として、高邁なる人格とともに上下の信頼が厚かった。
陸士・陸大専科卒。飛行第二大隊中隊長として日中戦争で活躍。太平洋戦争では飛行第64戦隊長となり、一式戦闘機「隼」で編成された加藤隼戦闘隊を指揮して戦果を重ねたが、昭和17年5月22日ベンガル湾上空で戦死。
太平洋戦争初期に南方戦線で活躍した加藤健夫中佐率いる陸軍飛行第64戦隊。通称「加藤隼戦闘隊」 戦死後2階級特進で少将、軍神とされる。
●長橋部隊の奮戦
1943年10月30日、第18師団の一捜索中隊が、突如、兵力不明の中国軍と衝突。両軍衝突のしらせをうけた田中新一中将(第18師団長)は、これを撃破するために、まず南部フーコンの第56連隊に急進を命じた。
両軍が衝突した地点はチンドウィン河の支流でフーコン峡谷の奥深く切れ込んでいるタロー河畔。交戦した相手は、アッサムで米軍式訓練をうけた孫立人の中国軍一個軍(2個師)のうちの第38師団。強大な米軍工兵のほか歩兵部隊、戦車部隊、衛生部隊によって補強せられ、その補給は米空軍によって行なわれていた。
第56連隊は、敵の挟撃をうけて苦戦におちいったので、カラム、マインカンに後退し、戦死傷者が相次いだ。
この中で、長橋中佐を長として各部隊から適任の者をえらびだし編成した大謀略部隊であった長橋部隊は、タロ平地の原住民工作中、中国軍の攻撃をうけ、孤立無援のまま1ヶ月ものあいだ惨烈な戦闘をくりかえしながら、ジャングルの中の孤島にもひとしいマインカンの一部落を守りつづけた。
●宮崎兵団長
インパール作戦にあたり、コヒマの惨烈ナ戦線でたたかった勇将で、1945年5月下旬、率いる兵兵団は、カマ付近でイラワジ河を強行渡河し、敵の包囲を突破する。
●桜井徳太郎少将
かつて日華事変当初の険悪な空気の中で排日機運の最もつよい中国第29軍の軍事顧問をつとめあげた経験があり、ビルマ戦線では第55師団の歩兵旅団長(桜支隊)としてアラカン戦線で勇猛ぶりを発揮した猛将。1945年2月、ビルマ国防軍最高顧問沢本理吉郎少将にかわって就任。
●干城部隊
歩兵第112連隊、野戦重砲兵第5連隊第1大隊、同第3連隊第2中隊、南方軍築城部ビルマ地区工事隊、独立工兵第6,7中隊、第55師団集成自動車小隊、同防疫給水部の一部、同衛生隊の一部より成る。部隊長古谷朔郎。干城部隊はボパ山付近の要域を確保し、来攻する敵を撃砕せよとの命を受け、あらゆる困難にたえながら陣地を構築し、1945年3月下旬、ニヤング、ピンビンおよびメークテーラの3方面から攻撃してきた優勢な敵の機甲部隊と激戦をまじえて、1歩も陣地に入れず、出でては独特の斬込み戦をもって敵をなやまし、大きな戦果をあげつつ、敵の正面を押さえた。1945年4月下旬、敵が大攻撃を行って、前以上の大部隊により、砲爆撃を加え、機甲部隊で突撃してくると、これを敢然と何度もしりぞけ、大損害を与えつつ、2旬以上もボパ山陣地で頑張りつづけた。この方面の戦闘は、エナンジョン油田地帯に対する敵の進攻作戦をおくらせ、また一方ではラングーン、マンダレー街道を敗走しつつあった方面軍主力の側背をまもるという大きな意義があり、同地を死守した干城部隊の力戦苦闘は桜井軍司令官を感激させ、のち感状を授与された。
●向井芳雄大佐の率いる
独立歩兵第542大隊
1945年3月上旬、独立混成第72旅団が二ヤング方面を攻撃しはじめると、同大隊は旅団の中縦隊となってミランビヤ付近に進出し、空爆にさらされながら、何度も来襲する20数輌の敵戦車隊と一個旅団の大敵を向こうにまわして死闘をつづけ、その激戦は10日に及んだ。が、向井大隊は寸土もゆずらず、最後には隊長以下十数名になるほど損害をうけたが、それでもなお強硬に頑張りつづけて、その任務を全うした。この部隊はさらにチョーク油田地帯の確保を命ぜられ、ここでも死闘をつづけて、第72旅団の作戦を助け、その手柄は全部隊がそれをみとめた。のち桜井軍司令官より感状を受く。
●桜井省三中将
第28軍(策兵団)司令官
●北村久寿雄中尉
第55師団の中尉。かつてロスアンゼルスのオリンピック大会で1500mに優勝した水の王者で、安全な渡河点をさぐるための河川偵察で活躍
■物語太平洋戦争<全6巻>
鱒書房・刊
《出版社による宣伝文》
はじめて世に伝える正確貴重な太平洋戦争の真の全貌!
昭和16年12月8日 それは日本にとって歴史の朝であったし、米英はもちろん、世界の歴史の朝でもあった。その日から4年間、世界は大旋回をつづけたのだ。その歴史の大旋回の中で、われわれの父は、子は、兄弟たちは、どんな姿で”愛国の道”を歩んできたのだろうか。その真の姿を伝えるために、本書は正確豊富な史料にもとづいて編まれた最初の貴重な秘録である!
●第1巻
ハワイ・マレー沖海戦
マレー電撃戦
開戦と同時に、ハワイに、マレーに飛び立った海の荒鷲たちとマレー半島席巻の進撃!
●第3巻
比島攻防戦
激戦コレヒドール島、バターン半島死の進撃! そして南海の大空に繰りひろげられる凄絶果敢な一大空中戦絵巻!
●第4巻
南太平洋の激戦
ソロモン海戦をはじめ、ガダルカナル島の死闘、ミッドウェイ、グアムに激突する日米海軍主力艦隊阿修羅の血闘!
●第5巻
中部太平洋玉砕戦
サイパンに、硫黄島に、そして沖縄に、島容変る大激戦!悲愴痛哭、涙なくしては読むことのできぬ玉砕部隊の最後!
●第6巻
B29迎撃戦
本土に来襲するB29の大編隊を迎えて寡兵よく奮戦する空の荒鷲の勇士!そしてアツツ、キスカに展開する血戦!