阿波丸遺族会による日本政府への請願文全文 (1972年5月1日)

              書籍『阿波丸事件 −太平洋戦争秘話』(ミノル・フクミツ著、読売新聞社)所載

 

       請 願

 

 

    拝啓 新緑の候ますますご清栄の御事お慶び申し上げます。

 

    当阿波丸遺族会は去る昭和三十九年十一月、戦後十九年の年月を経て暫く同事件の

   犠牲者家族が日本全国津々浦々から互いに尋ね合い、探し求め、相寄り結成した会であ

   ります。私共遺族はこの事件発生(昭和二十年四月一日)以来二十七年の永きに亘り、

   あらゆる苦難に耐え、只管国による正当な補償が何時実施されるかと待ち続けながら

   生きてきたものでありますが、遺族会結成後は会がこれを当局に訴えつづけて参りま

   したにも拘らず、何等の進捗も見られず今日に至っております。私共遺族の悲願であ

   る「日本政府による対米賠償請求権放棄に伴う代償措置の善処方」が何等実現の運び

   に至らず、無責任に放置されて居る事は、誠に残念至極、悲憤やる方ないものであ

   り、犠牲者は何のため死に追やられたかと申さざるを得ません。

 

    そもそも本事件については、米国政府が不法攻撃の全責任が米国側にあることを認

   め、乗船者及び船舶に対しては戦争状態終結後、誠意を以て賠償する旨の意志を表示

   していたものであります。然るに昭和二十四年第五回国会衆議院において、米国の日

   本に対する戦後復興援助に感謝の意を表明する為に、その具体的手段として「阿波丸

   事件に関する賠償請求権の放棄」を突如決議されました。しかもこの決議に当っては

   賠償請求権の本体があくまでも被害者の遺族のものであるにも拘らず、遺族に対して

   何等の了解等なしに放棄が国会に於いて採決されたのであります。私共はこのような

   決議がたとえ占領下という特別の情況下で行われたとは申せ、国が米国に対する感謝

   の意と国民個人の有する権利の放棄とはこれを画然と区別しなければならないもので

   あると考えます。

 

    ここに於いて国が対米賠償請求権を放棄し、協定を締結するという異例の措置をあ

   えて行った為、私共遺族の有する当然の権利 (米国から支払われる犠牲者への賠償金受領

    の権利)は消滅したのでありますが、かかる措置をとったことは賠償の責任者である

   米国政府に代って、日本政府が充分なる補償を遺族に対して果たすことを前提とした

   ものであることは当然で、又その善処方は速かに正当に履行されるものでなければな

   らないものであります。

 

    国は事件発生後四年を経てこの問題を阿波丸事件関係遺族の全面的犠牲というかた

   ちで終らせ、遺族に対しては事件発生後五年数ヶ月を経て、見舞金一人当り七万円を

   支給することによって本件の処理は全部終了したとしています。然し乍ら見舞金と賠

   償金とは当然別個のものであることは、その後の発生による航空機、船舶其他種々の

   事故に対する国及び関係団体の事件処理によっても明白であります。私共遺族に対す

   るこのような措置が憲法に定められている国民の人権を尊重することを標榜している

   福祉国家のとるべき態度とは信じ難く、これまでの国と政府の態度については強い不

   信の念のみならず怒りさえも抱かずには居られません。近時硫黄島の遺骨収集やレイ

   テ島への墓詣、或は戦艦陸奥の引揚等の報道に接する毎に何等省みられる事のない阿

   波丸事件犠牲者の立場を思い、深い悲しみと憤りを感ずる許りであります。昨年四月

   一日には、すでにささやか乍らも二十七回忌の合同法要を相済ませた私共遺族にとっ

   ては、この問題の善処方が一日も早く実施されるよう、貴総理大臣閣下に敢て本件補

   償問題が今期国会に於いて早急に解決されるよう、ここに書面を以て請願申上げる次

   第であります。

 

    阿波丸事件の賠償請求権に伴う日本政府による補償問題につきましては、去る昭和

   四十一および四十二年春、本件関係大臣である外務大臣(椎名・三木両大臣)及び

   厚生大臣(坊・鈴木両大臣)に面接の上、善処方要望を致しますと共に、同年五月二

   日には衆参両院『阿波丸撃沈に対する賠償請求権放棄に伴う善後措置実行方に関する

   請願』を提出し、これを受理されております (衆議院内閣委員会付託第一〇六三号及び参

   議員付託第一〇五五号)。去る昭和四十四年二月、当時の愛知外務大臣閣下にも再三この

   旨を説明申上げると共に促進方請願いたしております。

 

    一方、昭和四十二年七月十八日の参議院大蔵委員会に於ける、引揚者等に対する特

   別交付金の支給に関する法律案についての参議院議員青木一男先生の質問の中にも、

   阿波丸撃沈に関する賠償請求権放棄に伴う善後措置に関し、政府委員との間に質疑応

   答が行われており、又昭和四十六年三月十九日衆議院労働委員会に於いて山本政弘先

   生の質問の中にも同様の質疑応答が行われております。

 

    私共遺族会では去る昭和四十四年四月より九月まで、及び四十五年十一月より四十

   六年二月までの二回に亘り衆参両院の議員諸先生方に本件補償についての善処方の早

   急実施に対する賛否を問いました処、衆議院議員三〇五名(社会、民社、公明、共産、

   全員を含む)参議院一七〇名(社会、民社、公明、共産、全員を含む)の賛成さえも戴い

   ております。

 

    最早戦後は終ったとか又戦後処理は終ったとか言われております。先ず昭和二十八

   年に軍人恩給が復活し農地法の手直しである農地報償法も成立いたしました。又海外

   引揚者に対しては昭和三十二年に給付金を支給されましたが、数多い引揚者から強い

   補償要求のあった在外財産問題の最終解決をはかる為、更に特別交付金を支給するこ

   とが決定されました。更に又阿波丸事件によく似た件案である占領軍の行為による被

   害者に対しても、昭和三十六年の給付金に追加して昭和四十二年特別給付金を支給す

   ることが決められました。以上の如く国内問題も逐次解決を見たにもかかわらず、戦

   時中他にその例を見ない特殊事件である阿波丸の場合に於いては、国が戦後の外交上

   の必要から賠償請求権を放棄して置き乍ら、私共遺族に対しては正当な事情処理とし

   ての補償措置が講ぜられていないのは、余りにも国の手落ちであると言わざるを得な

   いのであります。

 

    総理大臣閣下は沖縄の復帰なくして戦後は終らないと言われました。その沖縄復帰

   も佐藤内閣の対米交渉が実を結び来る五月十五日にはいよいよ実現を見る運びとなり

   ました。我々国民としても大変喜ばしい事ではありますが、沖縄復帰のかげにも阿波

   丸事件の処理が未だ終了せず残されている事をお考え下さい。阿波丸事件の犠牲者は

   二千余名でありその遺族はほんの僅かの人数の女子供でありますので、まことに力弱

   く何等大きい声ではありません。然し声の大小に拘らず正当なものを国や政治の力が

   之をふみにじって良いものではないと確信致します。

 

    今年度は戦後の是正措置を終了すべき時期かと存じますが、先般の合同慰霊祭の後

   の遺族懇談会の席上でも、遺族全員の切実なる願いとして本件の速かな解決を請願す

   ることを重ねて決議しております。

 

    願わくば何卒以上の諸事情をご査察の上、この四半世期を経ても尚解決されない阿

   波丸事件犠牲者の遺族に対する補償の実施が、今期国会に於いて速かに採決され実現

   を見られますよう、是非共特別のご配慮を賜り度く伏してお願い申上げる次第であり

   ます。

 

                                               敬具

 

     昭和四十七年五月一日

 

                                阿波丸遺族会

                                  会長   竹内淑子

                                  副会長  是松麗子

 

   内閣総理大臣

    佐藤栄作 閣下