●釈迦・釈尊とブッダ(仏陀)
仏教の開祖個人をブッダ(仏陀)と呼ぶことも古くから行われているが、「ブッダ」の語は、もともと「悟った人」の尊称。仏教の開祖個人は、俗名ゴータマ・シッダールタで、ゴータマ・ブッダあるいは釈迦族出身の聖者の意であるシャーキャムニ(釈迦、釈迦牟尼)と称される。釈尊は、シャーキャムニ・ブッダ(釈迦牟尼世尊)という敬称を略したものである。
●釈尊の「四大聖地」
・釈尊の誕生の地
ルンビニー
インド国境に近い現ネパール南部のルンミンディ。1896年、インド考古局のフューラーによって、アショーカ王石柱が発見され、ブラーフミー文字によって刻まれた碑文によって、この地が釈尊生誕の場所であることが確認された。
・釈尊の成道の地
ボードガヤー
中インドのガヤー市の南、約10kmの地点。釈尊が6年間の苦行の後、35歳でこの地のピッパラ樹(菩提樹)の下で、悟りを開く
・釈尊の初転法輪の地
サールナート(鹿野苑)
釈尊最初の説法(初転法輪)の地
5比丘に説いた最初の説法は、「法の輪(ダルマ・チャクラ)が初めて転じられたとの意から「初転法輪」と呼ばれ、インド・ヴァーラーナシーの北方、約6kmの地点
サールナートは今日の地名で、本来の名前は「ムリガダーヴァ」(鹿野苑)
グプタ期(4〜5世紀)のダーメーク塔が聳え、附近一帯は遺跡として整備されている
・釈尊の入滅の地
クシーナーガラ
この4聖地に、ラージュギル、サヘート・マヘート(祇園精舎と舎衛城)、サーンカーシャ(降臨伝説の地)、ヴァイシャーリーを加えて、8大聖地となる。
●ジャータカ(本生譚)
アショーカ王の強力な外護や各部派の熱心な伝道活動などによって、仏教は飛躍的に発展する。それとともに教祖・釈迦のイメージは次第に偉大さを増していき、超人化していく。「輪廻転生」の観念で生まれ変わる地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人間・天の6種の世界(六道)から解脱を果たした存在こそ仏陀であると考えられ、この世で解脱を果たし仏陀となった釈迦も、前世では何度もいろいろな世に生まれ変わっているはずであり、そのそれぞれの世で厳しい修行を積みつづけてきたからこそ、この世で尊い悟りを開くことができたという考えが成立した。この考えにもとづいて作られたおびただしい数の説話が『ジャータカ』(本生譚)である。
●法句経(ダンマパダ)
『パーリ語三蔵』に含まれる経典で、日常の思いがテーマの韻文詩を集成したもの
●スッタニパータ
『パーリ語三蔵』の中に含まれ、原始仏教の経典の中でも最古のものとされる。統一されたテーマがなく、雑多な経を集成した教典で、純朴で素朴な仏教の教理を説く
主たる参考書籍
『釈迦の本』(学研、1994年)
=ヤンゴンの主要古寺=
▼シュウェダゴン仏塔(ヤンゴン)
ミャンマーを象徴する大仏塔。高さ約100mの頂点に傘型の飾りをもつ典型的なビルマ式の仏塔。1362年この地にあったハンサワディー国のピンヤ・ウ王が従来の仏塔を増築。15世紀、当時ぺグーに君臨したシンサウブ王妃(在位1453〜1472)が仏塔を増築。ダンマセティ王(在位1472〜1492)が黄金を仏塔に寄進。アラウンパヤー王朝のスィンビューシン王(在位1763〜1776)、ミンドゥン王(在位1853〜1878)の時(1871年)、傘蓋ティが付け替えられた。大仏塔の東側には、ダンマセティ王による碑文あり(1485年、モン語・ビルマ語で記された)
=ルアンパバンの主要古寺=
▼ワット・シェントーン寺(ルアンパバン)
王家の即位もここで行われてきた「王室寺院」。1560年セタティラート王により建立
本堂脇の東側のお堂に安置されたラオス独特の横臥仏(全長約1mの青銅仏)は、1911年パリ博に陳列されたが、なかなかラオスに返されず、1932年にようやく故国ラオスに戻された。1962年に建てられたお堂の中には、シーサワンウォング王の遺体を載せた葬儀用の御車がおさめられている。1958年、ラオス第一の彫刻師ティタンの手による傑作
▼ワット・ウィシューン寺(ルアンパバン)
ウィスンナラート王(在位1500〜1520)により1503年建てられ翌年完成。現在王宮博物館に安置されているプラ・バーン仏をもともと安置する目的で建立された。創建当時の木造の本堂は、1887年雲南省のポー軍の侵略により焼失し、1898年再建
▼ワット・アハン寺(ルアンパバン)
1818年、マンタトゥラート王により建立。
▼ワット・タート・ルアン寺(ルアンパバン)
本堂は、1818年マンタトゥラート王(在位1817〜1836)によって建立。本堂の前には、シーサワンウォング王(在位1904〜1954)の遺骨をおさめた仏塔が建つ。
▼ワット・マノーロム寺(ルアンパバン)
1372年鋳造のスコタイ様式の仏像安置
▼ワット・マイ寺(ルアンパバン)
1796年アヌルッダ王(在位1791〜1817)によって建立。本堂の入口正面の壁面に「ヴエンサンタラ本生図」あり。
=プノンペンの主要古寺=
▼ワット・プレア・ケオ寺(プノンペン)
王宮の南東にある王宮寺院。本堂は銀のタイルで敷き詰められた床であることから「銀寺」と呼ばれる。1892年ノロドム王(在位1859〜1904)によって木造で建立。現在の銀寺は1962年に再建。回廊には「ラーマヤナ」物語の壁画あり。また寺院内には、銀寺以外に、ノロドム王像、ノロドム王仏塔、アン・ドン王仏塔、スラマリット王仏塔、経蔵、仏足石堂がある。
▼ワット・プノン寺(プノンペン)
建立については、ペン婦人にまつわる縁起があり。1372年建立と言われ、その後数回再建されてきた。本堂内面には10種類のジャータカが描かれている。お堂の裏側の仏塔には、ポンニャ・ヤット王(在位1405〜1467)の遺骨がおさめられているといわれ、その仏塔の脇には、ペン婦人の肖像といわれる石像がまつられている。
▼ワット・ウナロン寺(プノンペン)
カンボジア仏教僧伽の中心的寺院。 1443年に建立されたといわれるが、その後何度も再建されている。本堂3階の内部の壁面には、仏伝図が描かれている。
▼ワット・マハーモントリー寺(プノンペン)
モニヴォン王(在位1927〜1941)の大臣、チャクリー・ポン候によって建立。 1970年に再建された本堂内部には、釈尊の生涯をあらわす仏伝図が描かれている。