『ランビアンの事蹟
ベトナム・中部少数民族の古伝承』
(第1回)
ラムトゥエンティーン 著、 本多 守 訳
てらいんく、2000年発行
原書名の「ランビアン」という言葉に多くの人が馴染みが無いと思うが、ベトナム中部最南端のラムドン(林同)省にある高原、山の名前で、漢越語では「林園」となる。ラムドンの地名でもまだわかりにくいであろうが、避暑地で有名な高原観光都市ダラットが、このラムドン省にある。
ラムドン省を含むベトナム中南部の高地・平原にも、ベトナム北部の内陸部同様、いろんな少数民族が分布している地域であるが、チャム族以外、ベトナム中南部の少数民族は、日本ではあまり紹介されていない。ベトナム中南部に長く繁栄した海上交易国家チャンパの後背地に住み、チャンパ国家にも関ってきたこれらの少数民族の貴重な文化遺産たる民話を収集・記録したものが、原著『ランビアンの事蹟』(ラムトゥエンティーン著、1986年、ラムドン省文化通信所出版)である。そして本書は、ベトナム中南部の少数民族の古伝承と、そこに表れる民俗について研究している本多守氏によるこの原書の全訳である。
ベトナム中南部の少数民族の中でも、ラムドン省のランビアン高原に居住するマー族(17話)、スレ支族(8話)、チル支族(4話)、ラーット支族(2話)、ノップ支族(2話)、チュルー族(3話)、ムノン族(4話)の計40話の民話が本書に収められている。
この貴重な日本語版出版にあたっては、訳者による度重なる原著者訪問に加え、日本語読者が理解しやすいように、原著者による本書への注釈及び訳者による更なる訳注が数多く付けられている。おかげで、ベトナム中南部の少数民族のことを知らなくても、彼らの風俗・習慣についての知識を得ることが出来、また豊かな自然を舞台に、動物と人間と神とが交わる生き生きとした短編物語集としても楽しむことができる。
今回は、本書で最も多くの話が載っているマー族の民話を取り上げたい。本書訳者の訳注や『インドシナの少数民族社会誌』(菊池一雅著、大明堂)によれば、マー族の概略は以下の通り。
≪マー族の人口≫ 25,436人(1989年)
≪マー族の言語系統≫オーストロアジア語族(南亜語族)の
モン・クメール諸語
≪マー族の居住地≫ほとんどが、ラムドン省南部に居住。
一部は、ラムドン省の西南方向にあるドンナイ省にも居住。
≪マー族の歴史≫
かつてはドンナイ川やメコン川の下流の平野部にいたが、
扶南国からの圧迫を避け、ドンナイ川上流の山岳地帯に
移住した。チャンパとカンボジアの間でマー王国を形成して
いたが、17世紀、キン族(べト族)の南下でチャンパが滅亡し
た折、マー王国も併合され消滅した。
マー族と他諸民族との関係に触れた民話もいくつかあり、『同腹の子ら』では、ベト族(キン族)とマー族の関係及び、何故べト族は文字を持ちマー族は文字を持たないかを説明している。『天のガマガエル』では、性格の異なる3人姉妹が、マー族、チャム族、キン(べト)族の妻となり、『牙娘とマンゴー男』では、慾深いチャム王が登場する。
また賊が登場する話も多いが、山岳部のマー族の村では食塩が欠乏しがちで、山の産物である蜂蜜、象牙、犀の角などと、塩、魚醤油、魚の干物などの沿海部の産物との交易の様子も民話に描かれ、非常に興味深い。他に『蛇祖』『蛇婚譚』『トーオエット鳥の受罰』『タッケー、護稲神』『灰虎と白兎』『孤児と竜の娘』等の動物民話も多く、寓話的意味を持つものもある。また人間の知恵、故郷・山々への愛情、共同体生活・夫婦の幸福への切実な想いが謳われた民話には、現在失われがちな情感だけに、すがすがしさを感じることができる。
訳者・本多守氏撮影のカラー写真も冒頭に26点掲載され、『オジと甥』などの民話の中ででてくるソープやサーガックなどのマー族の民具、ムブオート、チンドロン等のマー族の楽器についても大きさや色形が分かり理解を助けてくれる。ちなみにソープとは、マー族が使用する草で編んだ小物入れで、一般的に乾燥したご飯を入れて持ち歩くのに使われ、またサーガックとは、斧、鉈等様々な用途に使える面白い形をした用具である。ムブオートも、6本の竹管を瓢箪に挿した笙で非常にユニークな楽器である。
⇒ (続く)