監修者略歴
山折哲雄(やまおり・てつお)
1931年サンフランシスコ生まれ。東北大学インド哲学科卒業。東北大教授、国立歴史民俗博物館を経て、現在、国際日本文化研究センター(文部省大学共同利用機関)調整主幹、教授。同センターでは、編著者彭飛氏の指導教官でもある。宗教学を専門とするが、その博識と豊かな研究経験を生かし、思想・文化の世界で幅広く活躍している。『日本仏教思想史序説』『日本人の霊魂観』など、著書多数。
編著者略歴
彭飛
(peng fei)
1958年上海市生れ。父は雲南省出身。復旦大学(中国上海)卒業、1993年大阪市立大学文学部で博士号を取得。専門は中国と日本文化の比較研究。国際日本文化研究センター来訪研究員、日本学術振興会特別研究員を経て、現在、国際日本文化研究センター客員助教授。
著書に『大阪ことばと中国語』(東方書店)、『日本人の言語慣習に関する研究』『大阪ことばの特徴ー例文英訳付』(ともに和泉書院)、『日本語擬声語擬態語特徴』(商務印書館)、『「ちょっと」はちょっとーポンフェィ博士の日本語の不思議』(講談社)などがある。「中国雲南省ナシ族の神話と日本の神話」「雲南ナシ族の東巴(絵画)文字の構造」などの論文もある。
協力者略歴
李昆声
(li kun sheng)
1944年雲南省生れ。北京大学歴史考古学部卒業。現在、雲南省博物館館長。
『雲南文物古跡』(雲南人民出版社)
『雲南芸術史』(雲南教育出版社)など著書多数。
報告者略歴
張楠
(zhang nan)
1938年雲南省生れ。雲南大学歴史学部卒業。現在は雲南省大理白族自治州博物館館長。『神奇古老的大理』(タイ国古城出版社) 『雲南仏教芸術』(共著 雲南教育出版社) 『南詔文化論』(主編 雲南人民出版社)など著書多数。
楊天佑
(yang tian you)
1930年北京市生まれ。四川美術大学(元西南人民芸術学院)卒業。雲南芸術大学美術学部専任講師、雲南省博物館考古研究所所員を経て、現在、専門の芸術考古学を中心に広く研究活動を続けている。論文に「雲南岩画芸術」「雲南元江它克岩画」「麻栗坡大王岩崖画」などがある。
和力民
(he li min)
1955年雲南省生まれ(ナシ族)。雲南民族大学卒業。専門は言語文学。雲南省社会科学院東巴研究所副研究員。論文には、「簡論原始宗教的発展和演変」「金沙江崖画的初歩研究」などがある。
◆「岩絵の由来」に関する雲南のワ族に伝わる伝説
李学宏「有関滄源岩画的伝説」
(『実用美術』31号)
”太古に、上帝が天地開闢後、岩洞で人間を見つけた。当時の人間は体格が大きく、食べる量も驚くほどだ。一食で一籠の食糧を平らげる。一口で、ご飯を入れる竹で作った筒までも飲み込んでしまう。最後には、木の葉や草も全部食べてしまった。
上帝は、「やがて洪水が起きる。各自で早く木船を造りなさい。そうしたら災難から免れる」と命じる。しかし、人間は洪水を恐れない。
「もし平地が水で溢れたら、山に登ればいい。洪水が大きな山をも襲ってきたら、山の木の上に登ればいい。しかし、たとえ、われわれが洪水を避けられたとしても、やがて餓死してしまうだろう。そうであるなら、次の世代にどのように生活していくかの教訓を残さなければならない」
人間はこのように言うと牛を殺し、牛の血と赤色の鉱石粉を混ぜて、岩の上に絵を残したという。”
●巣居と干欄式建物
「巣居」は文字通り、鳥の巣に類似するもので、旧石器時代の産物の南方系建物様式。蒼源岩絵にも見られるが、木の幹や枝の上に家を建て、屋根は8本の柱で支える様式。上ったり降りたりするには、「縄索」(なわ)と「木梯」(木で作った梯子)を使う。
「巣居」をもとに発展したのが「干欄式建物」で、木の杭を打つ。これも滄源岩絵(曼坎V号)や蒼山岩絵に見られる。更に、屋根の両端の突き出したところに鳥が建っている絵もある。