『切手に見るタイ』
安藤 浩 著、 文芸社
2001年3月発行
ISBN4−8355−1092−5
本書は、終戦前の1941年に外務省留学生としてタイに行かれ、終戦後も1951年から在タイ日本大使館(正確には在バンコク日本政府在外事務所で、1951年バンコクに設置する事が連合軍総司令部によって認められ、翌1952年日本が独立を回復し日本大使館が再開された)に勤務され、以後も現在に至るまで長らくタイと公私共に深く関わってこられた著者による、「切手」という切り口からタイの歴史、芸術、文化など、タイという国を鮮やかに探るユニークなタイ解説書。
本書発刊2ヵ月後の2001年5月20日(日)、著者の安藤浩氏が、積極的に協力されているNGOボランティアグループ「コープクン・マーク」主催により千葉県浦安市中央公民館で、開催された安藤浩氏による講演会「タイ国の文化を探る〜切手で見るタイ国の文化」に参加し、本書の存在を知った。
「あとがき」には、大変興味深い著者自身の長年にわたるタイとの関わりについて述べられているが、タイの切手を早くから興味を持って集めだしたことも書かれている。1960年代後半に4度目の赴任をする機会を得てからタイの切手収集は本格的になり、と同時に切手の由来や関連する事柄などを調べるうちに、1枚の切手には極めて多くのことが語られていることを知り、益々関心を深めるようになったとのことだ。
こうして収集された沢山の切手や、調べ上げられた関連する事柄などが、タイの主要分野を網羅する18項目に系統的に整理され纏められている。掲載点数が330余点にもタイの切手を眺めているだけでも楽しいが、著者が調べ上げた関連する事柄やタイに造詣の深い著者ならではの見聞や解説は、その切り口や解説の深さはとても興味深く、有用情報の量・質からもタイ解説事典としても活用できる。
タイの切手に見られる紋章、王室、英雄、仏陀、寺院、行事、文学、架空動物、演劇、楽器、果物、スポーツなど、個々の切手が語るタイ事情とタイ人の「心」の解説により、様々なタイ文化に触れていくことができる。王室や仏陀、寺院の切手が多いのはさすがタイというべきか。その他にも一般には余り知られていないと思われるタイと日本との関係などについても沢山の興味深い話が紹介されている。
タイで最初に使われだした郵便切手や、タイ政府が発行した最初の切手(1883年8月4日、図柄は当時のラーマ5世チュラーロンコーン王の横向きの肖像)、1908年に現れたバーツ表示以前の、ソーロット、アット、スィヤオ、スィーク、ファング、サルングといった額面通貨単位の切手などの掲載をはじめ、タイの郵便切手そのものの歴史や、切手マニアが喜びそうな、デザインの誤りより話題になったものとか発行を取りやめたのに発行されたものなどいわくありげな珍しい切手の紹介もカバーしている。
昔に発行された古い切手や各種の記念切手、またいろんなテーマのシリーズ切手と、興味は尽きないが、なかでも1985年8月18日発行の「科学の日」記念切手と、1984年1月25日発行の国軍記念シリーズ切手の図柄は特に目立った。前者は1868年8月18日の皆既日食を正確に予言され「タイ科学の父」とも呼ばれたラーマ4世:モングクット王(在位1851年〜1868年)の全身像の右側背景に大きく皆既日食を表す絵と天体望遠鏡が描かれている。また後者の切手は、現代兵器のミサイルや戦車・艦艇の図柄の上に、アユタヤー王朝第20代ナレーソワン大王(在位1590年〜1605年)の騎象戦の姿が大きく配されている。
タイの郵便切手に関し日本が関わった面白い話がある。1932年4月1日発行のチャックリー王朝創設150周年記念シリーズでサターング表示の7種の切手の国名表示は、横文字(英字)なしのタイ文字のサヤームのみとなっているが、当初この国名をタイ文字のみで横文字なしにすることについて、国王は関係条約違反にならないかと懸念されたが、調査の結果日本にその例ありとの答申を得て、発行を決断されたと伝えられている。
また郵便切手とは関係ないが、著者が「あとがき」で記している、終戦後、著者自身が在留邦人とともに送られたタイの収容所から日本への引き揚げが決まった時の話も印象深い。引き揚げが決まった1946年6月、クロントイ埠頭から艀に移る邦人3000人の各人に、当時内地では貴重とされた白米2キロと砂糖500グラム(数量の記憶は不確か)が内務省官吏から渡され、慈悲を旨とする真の仏教徒の「くに」タイならではのことと感じ入り、深く感謝したという。
本書の目次
第1章 タイの郵便切手
最初の切手/額面通貨単位・国名・印刷先の変化
切手というタイ語/珍しい切手
第2章 切手に見る紋章
国旗/国璽・王朝紋章/国章/国王・王妃両陛下の紋章
王太子・王女・王母殿下の紋章
第3章 切手に見る王室
切手の種類と大きさ/
スコータイ王朝、アユタヤー王朝、トンブリー王朝の代表王/
現ラッタナコースィン王朝歴代国王の治績と各時代の日泰関係
第4章 切手に見るバーングパイン離宮
主要建物と纏わる話
第5章 切手に見る英雄
3大王(ナレーソワン、ラームカムヘーング、チュラーロンコーン)/
4大女傑(スラナーリー、スリヨータイ、テープサットゥリー姉妹)/
バーングラチャン村民/プラヤー・ピチャイ
第6章 切手に見る仏陀
生誕、成道、入滅にわたる釈迦の一生
第7章 切手に見る寺院(バンコク)
ワット・プラケオ(エメラルド寺院)/ワット・ポー(寝釈迦寺)/
ワット・アルン(暁の寺)/ワット・ベンチャマボーピット(大理石寺院)/
ワット・スタット(ぶらんこ寺)/ワット・サケート(金山寺)/
ワット・ラーチャナッダーラーム(金属塔寺)/
ワット・マハータート(誕生曜日守護仏寺)/ワット・ワングナー(前宮寺)
ワット・ボーワォーン・ニウェート、ワット・ラーチャボーピット、
ワット・トゥライミット
第8章 切手に見る蓮
品種、用途、喩え
第9章 切手に見る年中行事
元旦/子供の日/教師の日/国軍の日/ぶらんこ儀式/
在郷軍人の日/万仏節(マーカ・ブーチャー)/エメラルド仏衣替式
赤十字フェアー・デー/チャックリー節/ソンクラーン節/メーデー
戴冠記念日/春耕節(プードモングコン)/
仏誕節(ウィサーカ・ブーチャー)/ロケット祭/拝師の日/
民主革命の日/文芸の日/ナショナル・スカウト・デー/
三宝節(アーサーラハ・ブーチャー)/坐夏節(カォ・パンサー)/
仏足寺の花布施/王妃誕生日/結婚の吉日/秋節(年央節)/
僧衣贈呈式(トート・カティン)/チュラーロンコーン大王祭/
国連デー/大理石寺祭/スリンの象祭/灯籠流し(ローィ・クラトング)
金山寺祭/ナコン・パトム祭/ワチラウット王祭/国王誕生日/
憲法記念日/タークシン王祭
第10章 切手に見る文学
古典文学8編:
プラ・ロー王悲恋物語/クンチャーン・クンペーン物語/
サング・トーング(金の法螺貝)王子物語/
プラ・アパイマニー笛吹き童子物語/金色のハゼ物語/
クライトーン物語/馬面珠姫物語/ロットセーン王子物語
第11章 切手に見る文学2
ラーマキエン物語(桃太郎の原典)
第12章 切手に見る架空動物
キンナリー(半鳥半人)/スパンナマッチャー(人魚)/
ガルーダ(金翅鳥)/ナーク(竜蛇)/これらの活躍場面/
第13章 切手に見る鶏
純タイ種、文学上、諺、伝説
第14章 切手に見る犬と猫
純タイ種、諺、言い伝え、忠犬物語
第15章 切手に見る演劇
コーン仮面劇/ラコーン舞踊劇/ラバム舞踊
第16章 切手に見る楽器
打楽器/吹奏楽器/弦楽器と楽団編成
第17章 切手に見るスポーツと遊戯
タイ・ボクシング/タクロー/凧揚げ/棒剣術/こま回し/
目隠し壺割り/椰子殻競争/袋網/その他
第18章 切手に見る果物(種類、出回り時期、味)
バナナ/パパイヤ/パイナップル/西瓜/蜜柑/タイ・林檎
マンゴー/マプラーン/ドリアン/マンゴスチン/紅毛丹/
竜眼(ラムヤイ)/ザボン/マヨム/釈迦頭(ノーィナー)
挿入地図
タイ国全土
スコータイ王国/アユタヤー王国/失地地図(現王朝)
南詔王国/タイ民族の移動
ガンジス中流域(釈迦の遺跡)
あとがき
著者紹介