メコン圏を対象とする

     調査研究、調査紀行・概説書  第16回

 

                    

  

   『ヴェトナム 歴史の旅』

    

      

    小倉貞男 著、 朝日新聞社

    2002年4月発行 《朝日選書699》

 

    ISBN4−02−259799−2

    

 

  

 インドシナに長らく関わり続け、ヴェトナム、カンボジアに関する著作も数多い元ジャーナリストの小倉貞男氏によるヴェトナムの歴史案内書。ヴェトナムの歴史に関する小倉氏の研究著作としては、特定の時代やテーマを切り口としたものも有名だが、『物語 ヴェトナムの歴史』(中公新書、1997年)はヴェトナムの歴史をいくつかのまとまった物語として時系列にわかりやすく語っている。今年(2002年)刊行されたばかりの本書の方は、題名の通り地域別にヴェトナムの歴史の魅力が綴られている。1976年、北部と南部の統一でヴェトナム社会主義共和国が誕生し一つになったヴェトナムであるが、1969年9月2日亡くなったホ・チ・ミンが遺書で「遺灰を三つに分け、北部、中部、南部の地域の丘陵に埋めてほしい」と書いたように、ヴェトナムを3つの地域に分ける事は一般的だ。本書も、北部、中部、南部に分けてヴェトナムの歴史を紹介している。

 

 まず北部地域については、やはりハノイから。旧市街の「三六街」にあるハンカイ街に始まり、昔タンロン城といわれていた区画へと話が進み、「百卵伝説」の建国説話、石器時代・青銅器時代、中国勢力支配の古代、タンロン(昇龍)に都をおいた李朝から現代の「ドイモイ」と社会主義へと、ハノイ、ヴェトナムをめぐる歴史の変遷が眺められる。北部地域ではハノイの町以外に、1954年のフランスとの戦闘で名高いディエン・ビエン・フー、中国とベトナムとの国境地帯、モン族・ザオ族など北部少数民族の社会などについても頁を割いており、

パクボ、カオバン、ラオカイ、ハジャン等の町が登場する。

 

 次に中部地域では、フエとホイアンの記述が中心となる。『朱印船時代の日本人』の著書もあるだけに、日本人町などホイアンの歴史もカバーしているが、チャムの歴史の紹介が興味を惹く。ミソンの聖地などの遺跡もさることながら、著者の研究テーマの一つでもあるチャンパ時代の交易の話は興味深い。「チャム族はインドシナ半島沿岸部にはりついたように領土を南北に発展していったようにみえるが、山も知っているし、海も知っている。それを結ぶのは川である。チャム族は川を有効に使っていた。・・・」と述べ、マルコ・ポーロの『東方見聞録』のチャンパの記述引用や、中部の山地にある香木、チャムの対外交易港などについての記述がある。

 

 南部となると、サイゴン、チョロンに関する話だけでなく、メコンデルタ西部の地域について詳しく、読み応えがある。サイゴンがベトナム歴史舞台の最南部と思っておられた方には、目新しいのではないだろうか。ミト、カントだけでなく、ヴィンロン、チャヴィン、ソクチャン、チャウドック、ティンビエン、ハテシエン、カマウ、バクリュウ、ロンスエなどと数多くの町の歴史と今の紹介があって楽しい。明の亡命者を使ってサイゴンに大勢入植させてきたベトナムの南部デルタ地域への進出の歴史や、ベトナム南部の土地開拓の変遷についても、きちんと説明が加えられている。

 本書は、「歴史の旅」と題してはあるが、ヴェトナム現代社会についての記述も少なくなく、また著者はヴェトナム戦争の頃、読売新聞社のサイゴン特派員としてインドシナの取材を行なっており、その経験やエピソードに基づく話も紹介されている。インドシナの地に戦争取材で命を落とした日本人たち、嶋本啓三郎氏、峯弘道氏、酒井辰夫氏、沢田教一氏、一ノ瀬泰造氏についての話もその一つだ。また、「Lang Viet(ヴィエトナムの伝統的村落共同体)の調査研究も、著者の数多い研究テーマの一つでもあるが、この「ラン」については、「ヴェトナム人の小宇宙」と題した章で説明がなされている。

             本書の目次

 

 

   アジア・モンスーンの十字路

      ヴェトナムの四季/二つのヴェトナム・三つのヴェトナム

 

      

        北 部

      

  1、 歴史を語る町・ハノイ

        三六街 −旧市外の中心/ハノイの評価は時代が変える

        ロンビエン橋の攻防/ホテル・トンニャット、いま、ホテル・メトロポウル

 

  2、 ホチミン廟

        ホ・チ・ミンの独立宣言/ホ・チ・ミンのタイプライター

        偽名は32もあった

        「遺灰は北部、中部、南部の3つの地域に分けて・・・」

      

  3、 「ドイモイ」と社会主義

        社会主義と市場経済は両立するか/ヴォ・グエン・ザップ将軍の訴え

        私営経済の流行/政治にはドイモイはないのか

 

  4、 中国勢力の支配1000年

        タンロン(昇龍)の名のいわれ/タンロンからハノイへ

        龍の国・龍の神

 

  5、 こもれびの文廟

        82基の石碑/「科擧」はじまる/受験生でにぎわう文化の都

        進士(博士)は700年間で2313名/仏教・道教・儒教、そして現代

     

  6、 ヴェトナム人の小宇宙

        「むら社会主義」/ランの組織とむらびとたち/ランのたたずまい

 

  7、 ヴェトナム人はどこから来たのか

        栽培文化の誕生へ/中部のサヒン文化と南のドンナイ文化      

 

  8、 インドシナの山並みを越える

        辺境のディエン・ビエン/東西の決戦場

        アリの軍隊と近代装備の軍隊/ヴォ・グエン・ザップの率直な人柄

       

  9、 国境の風景

        唇と歯の関係/少数民族社会/カオバン・ハジャン・ラオカイ

        モン族の刺繍/「ピー」の棲み家・杭上家屋/火のカミ・台所のカミ

        北緯17度線の嘆き/ラオバオの銅盤

    

  

        中 部

      

  10、 最後の王朝の残影 −孤城フエ

        フエをひらく/乱脈の南北抗争時代/だれが「フエ」と呼んだのか

        フエ王宮ーつらい建築労働者/歴代帝の陵

        最後の帝ーバオダイ帝の涙/ファン・ボイ・チャウは志なかばで・・

        フエの文化はニワトリかタマゴか/テト攻勢のフエ

 

  11、 ホイアン・チャムの都市・日本人町

        古都ホイアンの日本町/関帝廟/3基の日本人墓

        変わる古都・ホイアン/チャムのくに/民族の興亡

        マルコ・ポーロのチャム族/チャムの対外交易港

        チャムの地図・ヴェトナムの地図/ミソンの聖地

      

 

        南 部

      

  12、 「サイゴン」から「ホチミン市」へ

        マジェスティックホテルの夜/嶋元啓三郎の死

        酒井辰夫、黒い花びら・・・/無口だった沢田教一

        バンテアイ・サムレで一ノ瀬泰造の運命を聞く

        歴史は逆流するのか/サイゴンとチョロン

 

  13、 サイゴンはカポックの林

        明の亡命者を南部へ/ヴェトナム人の南部進出/南部の土地開拓

   

  14、 九龍は豊かに流れる −メコンデルタ

        デルタの奥へ/シャムに追われたカンボジアの悲劇

        クメールクロムの世界/最深部のデルタ

       

  15、 フランスのコーチシナ支配

        フランス人の土地奪い −コンセッション制度

        「左眼」が天の神 −カオダイ教の抵抗/反仏・独立の土着宗教

        ホアハオ教/「耕すものに土地を」/南シナ海の島嶼はどこのものか

 

  16、 デルタを科学する

        水の世界/塩分との闘い/豊穣のデルタ

       

   あとがき

    

    著者紹介

 

 (本書紹介文より。2002年発刊当時)

 

小倉貞男 (おぐら・さだお)

 

1933年東京生まれ。

慶應義塾大学経済学部卒業。

1955年読売新聞社入社。社会部、外報部、論説委員、調査研究本部主任研究員(アジア)、編集委員、サイゴン特派員をはじめ、インドシナの取材を続ける。

都留文科大学比較文化学科教授を経て、現在、中部大学国際関係学部教授。

 

[主な著書]

「インドシナの元年」(大月書店)、

「虐殺はなぜ起きたか」(PHP研究所)、「ポルポト派とは何か?」 「ヴェトナム戦争全史」(以上岩波書店)、

「朱印船時代の日本人」 「物語ヴェトナムの歴史」(以上中公新書) ほか

 

 

 本書掲載の主な資料・写真

 

タンロン(昇龍)城を中心としたタンロン(いまのハノイ)古地図・1470年

●フエ王宮略図

●ヴェトナム戦争で米軍が投下した枯葉

 剤作戦図。投下年月日・投下ルート、

 投下量が記録されている。カマウ地域

 の図

 

 

◆ハノイの三六街

 ・仮面の店 ・女性用衣装の店

 ・墓石の碑を彫る職人たちの店

◆ハノイ・ソンコイ(紅河)のほとりにある

 歴史博物館 (1932年、フランス極東

 学院博物館として建立)

◆ヴェトナム救国闘争の指導者、ホ・チ・

 ミン。抗米救国闘争の時期。

◆ハノイ・バディン広場に建立された

 ホチミン廟

◆ヴェトナム歴代の「科挙」合格者(進士)

 の氏名が刻み込まれた石碑の列

  (ハノイ・文廟で)

 

◆ヴェトナムの伝統的村落共同体の精神

 的中心であるディン(亭)

  (ホイアン・ソンフォ=山豊地区)

◆伝統的村落共同体を支えている長老

 評議会の人たち

  (ホイアン近郊スアンミ=春美地区で)

 

◆ラオス北部ジャール[壺]平原

 

◆青銅器時代の青銅鼓

 

ディエン・ビエン・フーのフランス軍

 司令部跡

ヴォ・グエン・ザップ

  (1990年、ハノイの迎賓館で)

 

◆中越国境(カオバン

◆ヴェトナム国境警備の隊員たち

  (ランソン省ドンダンで)

 

農村ヌン族(都市ヌン族とは違う)は

 輪になってトウモロコシの苗を植える

  (ランソン省で)

モン族の女性は祖母、母親から銀の首   飾りを受け継ぐ習慣がある。 (インドシ  ナ北部・旧正月のモン族の村で)

◆モン族の女性の衣装は一人ひとりが工

 

 

◆インドシナの背骨を南北に走るホチミン

  ・ルートの入り口。(ヴェトナム・クアン

  チ省国道9号線で)

◆ヴェトナムとラオスの国境。銅盤が2つの

 国境を分けている。アジアハイウェイ

 計画路線。(ヴェトナム国道9号線ラオバ オで)

 

テト攻勢で破壊されたフエの下町

   (1968年、香河の北側地区)

阮(グエン)王朝が建立したフエ王宮

◆フエ南部の丘陵地帯の第2代明帝

 (ミンマン)帝陵

 

◆チャム彫刻

  (ポロ競技を楽しむ王女たち)

  (ダナン・チャム博物館)

 

◆ヴェトナム中部古都ホイアンを空から

 見る

◆ヴェトナム中部古都ホイアンの町で。

 世界文化遺産に登録され、観光客で

 にぎわっている。

◆ホイアンの東西を分ける来遠橋。中国

 スタイルの橋上寺だが、通称「日本橋」

 といわれ、むかしから橋げたのもとにな

 まずが生息しているとうわさされている。

 

◆ホイアンの「入り口の目」。円形が主だ

 が、八角形、六角形、正方形などの形

 で、中心に特徴のある絵柄を入れる。

 (ファン・フイ・レ・ハノイ国家大学教授

  提供)

◆ホイアン郊外の水田にある「谷弥次郎

 兵衛」の墓。1647年建立と推定。村民

 は大事に保存していた

  (ホイアン北東チュオンレ地区)

◆ホイアン地区に残るチャム族の井戸。

 レンガ造りで、数百年経ったいまも清水

 が湧いてくる。

  (ホイアン南方チャニュウ地区)

 

◆一寸法師のお椀舟は、ヴェトナムに

 あった。(ヴェトナム中部ダイチェム・

 トゥボン河河口で)

 

◆チャム族の聖地、ミソンの遺跡。人里

 離れた山間部に粛然として伽藍が立ち

 並ぶ。

◆ミソンの聖地に建つ代表的な伽藍で、

 8世紀ころに建立されたと思われる。

◆祭壇に彫刻されたチャムの女王。

 伽藍はヴェトナム戦争中に米軍B52の

 爆撃で破壊された。

 

◆カンボジアから帰還するヴェトナム戦車

 部隊。(カンボジア・プノンペンで)

 

◆1971年2月10日、ラオス侵攻作戦中

 に亡くなった嶋元啓三郎氏。(遭難前

 日、国境のラオバオで。兄謙郎氏作成

 のテレフォンカードから)

 

◆ホチミン市人民委員会(市役所)。かつ

 てサイゴン市庁舎だった。

  (ホチミン市レタイントン通り)

◆旧サイゴン政権大統領宮殿跡

 

◆1975年春の南部攻略作戦を指揮した

 チャン・ヴァン・チャ将軍。サイゴン陥

 落後はサイゴン・ジャディン地区軍事委

 員会委員長としてサイゴンの治安確保

 にあたった。(1990年、サイゴンの自宅

 で。故人となった)

 

◆ホチミン市最大のチョロン・ビンタイ市場

 

◆カオダイ教本部の神殿中央に、主神で

 ある「天眼」がまつられている。