『史伝 山田長政』
小和田 哲男 著
学習研究社(学研M文庫)、
2001年5月発行
ISBN4−05−901058−8
(この作品は1987年『山田長政 知られざる実像』のタイトルで講談社から
出版された作品を文庫化したもの)
本書・文庫版の単行本『山田長政 知られざる実像』(講談社)が刊行された1987年は、日タイ修好百周年記念にあたる年であったが、この年、京都大学の矢野暢教授が、山田長政の非実在説を唱え、さまざまな波紋をよびおこした(詳細は矢野暢氏の文章「山田長政は実在したか」(1987年3月4日付け毎日新聞夕刊掲載)及び1987年3月10日付け朝日新聞夕刊掲載の記事「実在したのか英雄・山田長政」参照)。本書では、日本の国策が南方進出という色を最も鮮明に打ち出していった昭和10年代に強まった「海外へ雄飛した英雄」観からの山田長政の評価を見直しているが、矢野氏の長政非実在説に対しての著者の見解が、最終章の「いま長政はどう評価されるか」で述べられている。
英雄としての長政観は、戦前の日本の南方進出過程において作り出されてきたことは疑いのないところで、長政伝に虚像の部分がかなり入りこんでいるという矢野氏の指摘には著者も同意見で、本書においても、著者は『暹羅国山田氏興亡記』を、あくまで伝説として扱っている。「日本人は江戸から今日にかけて、なぜ東南アジアとの関わりにおいて『山田長政』を必要としたのか、それこそが問題であろう」という矢野氏の主張にも著者は同感しているが、アユタヤ王朝の日本人部隊傭兵隊長として、また、貿易家として活躍した山田長政は確かに実在したと反論している。
長政の時代がちょうど日本史における「大航海時代」であり、侵略者長政ではなく、日本とシャムのかけ橋となった貿易家長政を見直そうと著者は主張し、貿易家長政の実像を明らかにしようとしている。長政はシャムの鹿皮や鮫皮、さらに蘇木などを買占め、それを自分の仕立てた船で日本に輸出したり、あるいはオランダ商館に納入した仲買商人としての側面もあった。長政が日本ーシャム間の貿易に積極的にかかわっていったため、それまで日本ーシャム間の貿易をほとんど独占していたオランダは次第に撤退せざるをえなくなり、1629年オランダはアユタヤのオランダ商館を閉鎖し、日本ーシャム貿易から手を引くに至っている。
山田長政がシャム国王の信頼を得たのは、単に親衛隊長としての軍事面だけでなく、長政が主導する日本ーシャム貿易がアユタヤ王室にもたらした莫大な利益があったのではないかと著者は述べているが、長政は日本だけではなく、バタビヤ(現在のジャカルタ)や交趾(現在のベトナム)その他の地域とも交易している。浅間神社に奉納された長政の戦艦図絵馬についても、古くから戦艦図絵馬とか軍船絵馬といわれてきたため、長政がシャムにおいて戦いに用いた戦艦を描いたものと解されてきたが、長政の仕立てた朱印船を描いたものと考えた方がいいのではないかと新解釈を提示している。
といって、本書では貿易家としての側面だけの山田長政を論じているわけではなく、その内容は、限られた史料を駆使しながら山田長政の生涯にわたる事蹟に及んでいる。山田長政の出身地についての伊勢説・尾張説・長崎説・駿府説の具体的な検討に始まり、長政が沼津藩主大久保忠佐の駕籠かきだったのはいつからいつまでのことなのか?長政はなぜ海外に出て行ったのか?どこからアユタヤへ向けて出航したのか?いつ長崎を出航して台湾、さらにアユタヤへ向かったのだろうか?など、アユタヤに渡る以前についても取り上げられている。
日本を脱出してはるかシャム(タイ)に渡り、アユタヤ王朝のオークヤー、最高位の貴族にまで昇りつめ、ついにはリゴール国の王にまでなった山田長政の異国の地での活躍についても、アユタヤ王朝の歴史とともに詳述されているが、リゴール長官ではなくリゴール王として赴任した長政の死の謎についても著者独自の見解が紹介されている。
エレミヤス・ファン・フリートが記したように、カラホム改めプラサート・トーン王の命令をうけたオークプラ・ナリットが毒薬を塗ったかもしれない。また、オランダ東インド会社が自国とシャムとの貿易を有利にするために邪魔な日本を追い落とす目的で長政を謀殺させたかもしれない。しかし、それらと同じくらい、長政はそのころのナコン・シータマラートの人によって殺された可能性が高かったことを忘れるべきではないと思われる。
更に気になるのは、長政の死後、長政の長子オークン(日本の文献では「オイン」とよく表現されているが)がリゴール王を継いだ後の展開だ。リゴールからカンボジアに逃れたとする通説には著者は疑問を持っているが、アユタヤ日本人町の焼き討ちと復興、アユタヤ・カンボジアの日本人町に住んでいた日本人たちのその後と、長政の死後についても興味が尽きない。山田長政がいたころの駿府の町の国際的環境、朱印船貿易の制度と交易の実態、長政が行ったシャムと日本との当時の関係、アユタヤの日本人町の様子、当時のアユタヤ王朝を取り巻く内外の状況などと、本書では山田長政を理解する上で必要な背景となる各種テーマについても詳しく解説紹介されている。
本書の目次
はじめに
第1章 織田信長の末裔と称した長政
ー 謎だらけの少年時代をさぐる −
生国に4つの説
長政がいたころの駿府
沼津藩主の駕籠かき
第2章 海外へ出ていった日本人
ー 日本は東南アジアの硝石がほしかった −
駿府は海外に開かれた窓
朱印船貿易盛んになる
夢を海外に求めた人びと
南方進出のねらい
第3章 駿府豪商の船で密航した長政
ー 長政の渡航は慶長17年か −
台湾を経てアユタヤへ
浅間神社戦艦図絵馬が語るもの
貿易家長政の実像
第4章 アユタヤ日本人町の頭領となる
ー 発掘されたアユタヤ日本人町 −
王都アユタヤ
人口3千を擁した日本人町
長政以前の日本人町頭領
日本人町頭領となった長政
ペトロ岐部との出会い
第5章 長政がいたころのアユタヤ王朝
ー アユタヤ王朝は王位簒奪の歴史であった −
アユタヤ王朝のはじまり
中興の大王ナレスワン
ソングタム王に重く用いられた長政
長政の急速な昇進
第6章 ソングタム王の死とカラホムの暗躍
ー 長政の進言によって王位継承方法がかわる −
ソングタム王病気となる
擁立されたジェッタ親王
王弟シーシンとの争い
長政の軍、シーシンを攻める
第7章 王宮で日本人傭兵隊を率いる
ー 相つぐ王の死と陰謀渦まく中で −
アユタヤにおける下剋上
ジェッタ殺されアデットウンが継ぐ
カラホム、カパインを殺す
アユタヤ王朝22代
第8章 リゴール王となった長政
ー 日本人部隊の強さの秘密は「戦国」の経験だった −
カラホムと長政との確執
ナコン・シータマラートの平定
毒殺された長政
第9章 その後のアユタヤ日本人町
ー シャムにおける日本人の光と影 −
長子オーククン・セーナピモック継ぐ
アユタヤ日本人町の焼討ち
復興された日本人町
アユタヤの滅亡
第10章 いま長政はどう評価されるか
ー 「海外へ雄飛した英雄」観からの脱却 −
太平洋戦争と山田長政
貿易家としての長政を見直す
あとがき
山田長政関係年表