雲南の「西部大開発」
日中共同研究の視点から
波平 元辰 編著
九州大学出版会、2004年1月発行
ISBN4−87378−813−7
本書は、(財)アジア太平洋センター(福岡市)の企画による、中国と日本の研究者が共同で行った第7期自主研究7Aプロジェクト「中国における『西部大開発』の戦略と実態〜雲南省の事例を中心に〜」の2年間(2001年4月〜2003年3月)の研究成果をまとまたもので、雲南省の経済発展と環境保護、農産物の開発、少数民族の発展・開発と伝統文化の変容に焦点を当てている。本書は全8章から成るが、右記の通り日中の研究者がそれぞれ各章の執筆を担当している。
従来、中国の改革・開放は、主として沿岸発展戦略に沿って進められてきたが、中国の「西部大開発」は、1999年6月、中国の江沢民総書記が「西部大開発」の号令を発した新たな中国の開発戦略であり、2000年3月中旬に、朱鎔基総理を組長、温家宝副総理を副組長、国務院17の部長級高官をメンバーとする「国務院西部地区開発領導小組」が正式に活動を開始した。
西部開発の政策適用範囲は、重慶直轄市、四川省、貴州省、雲南省、チベット自治区、陝西省、甘粛省、青海省、寧夏回族自治区、新疆ウイグル自治区、内モンゴル自治区、広西チワン族自治区の12省市区で、2000年の地位は、面積は全中国の72%、人口は28%、GDPは17%、輸出は4%と、広大で人口が少なく少数民族が集中しており、貧困地区の大部分がこの地域に分布している。西部大開発の研究の中で雲南省をとりあげられているのは、同省は実際に取り組み始めた西部の代表的な地域としてその事例研究には意義深いものがあると考えられたからだ。
西部大開発に対する雲南省の戦略については、第1章で、総括的に箇条書きにして述べられている。雲南省が掲げる3大戦略目標とは、@緑色経済強省の建設 A民族文化大省の建設 B中国と東南アジア、南アジアを結ぶ国際大動脈の建設というもので、これを雲南の西部大開発戦略実施における主要任務と位置づけている。本書の構成も、第3章から第8章まで、この3大戦略目標に沿った形で並べられている。また2002年11月、中国国務院朱鎔基総理がASEAN各国指導者と「中国とASEANの全面的経済協力枠組み協定』に調印し、10年以内に中国ーASEAN自由貿易区を建設することを提案しているが、第1章第4節では、この中国ーASEAN自由貿易区建設における雲南の機会と役割についての考え方がまとめられている。
雲南省の3大戦略目標の一つの緑色経済強省とは、この言葉だけではわかりにくいが、「緑色経済」の構想と施策については第3章にまとめられている。その産業発展目標は,環境保護産業発展に力を入れ、現代農業、生物資源開発推進産業を重視し、特色ある観光及びクリーンエネルギー基幹産業を積極的に育成し、情報、環境保護等のリード産業の発展を加速するというもの。
雲南のクリーンエネルギーについては、雲南「三江」(瀾滄江、金沙江、怒江)を擁し全省の水力エネルギー開発可能容量は、9,000万kwh以上で、中国全国の開発可能設備容量の21.8%を占め全国第1位という、水力エネルギー資源の今後の大々的な発展加速はもとより、太陽エネルギー、バイオマスエネルギー、地熱エネルギーの利用を発展させ、風力エネルギー、クリーン炭の開発利用を進めようというもの。バイオマスエネルギーの開発利用は、農業生産と密接に結びついた堆肥発酵システムと、甘蔗産出大省である雲南として甘蔗汁と甘蔗滓を直接発酵させてクリーンアルコール燃料を作り出すというものだ。
また、農業、生物資源については、章を改め第4章で、葉タバコ、茶、甘蔗(サトウキビ)、キノコ類、ゴム、花卉類、漢方薬の薬材と、雲南省の農業、農産物を紹介し、日本の農業、農産物の開発例を参考にしながら雲南省の農業、農村の将来の展望について述べ、グローバリゼーションが進行する中で、外国と競争可能な農産物、生物資源をいかにして開発するか提案している。面白い資料としては、7種類の雲南省産乾燥キノコを日本に持ち帰り、福岡市にある中村学園大学の3人の料理の先生に試作、試食してもらった、香り、触感、味、料理例についての結果報告が付されている。
雲南は中国民族文化資源が最も豊富な省の一つで、その民族文化資源は、「多様」「悠久」「豊富」「特異」「融合」の特徴を備え、また雲南は東アジア、東南アジア、西南アジアの中心部に位置し、土着文化、中原文化、東南アジア、西洋文化、沿海文化の交差点である。第5章では雲南省の歴史と少数民族の形成について触れた後、これからの雲南の民族文化政策と事業について論じられている。
本書の中で、雲南での現地調査を長年行っている横山廣子氏と王孝廉氏がそれぞれ執筆した第6章と第7章は、他の章とは趣を異にしている。第6章では、横山廣子氏が1984年以来、現地での長期滞在をしながら自身が調査してきたデータを活かせる大理白(ペー)族自治州内の数ヶ所の少数民族居住地域の事例を相互に対照させ、経済的立ち遅れの要因について考察が為され、貧困援助と開発に伴う様々な影響について詳細な分析と興味ある事例が示されている。また第7章では、四川省と境を接し、摩梭(モソ)母系大家庭を特色とした瀘沽湖の観光開発とその変容について、瀘沽湖の生態環境の伝統と変容や、代表的な観光地となった落水村について詳しい報告・分析が載せられている。
第8章では、東南アジア、南アジアに通じる国際ゲートウェイ、鉄道、水運、空港について、「九大通路(9本の主要幹線路)」、「パン・アジア鉄道建設構想」、国際水運航路の開発など、その構想と建設が語られている。また第8章第1節では、雲南省がその特殊な地理的環境と早くから発展した文明、および多民族と多様性に富んだ文化から、中国で最も早く対外通路を形成し、中国が周辺の東南アジア、南アジア地区と連携する通路となった歴史から紹介していて、雲南省からミャンマー,インドへ通じる道、雲南省とベトナム間の通路、雲南省からラオス、タイへはいる通路といった周辺諸国に通じる通路以外に、チベット自治区、広西自治区、貴州省など他省他自治区へ通じる通路の歴史的変遷の記述も大変興味深い。
本書の目次
はしがき
第1章 雲南省の「西部大開発」戦略
はじめに
第1節 西部大開発における雲南の三大優位
1.豊富な自然資源 2.突出した地理的優位
3.独特な民族文化
第2節 雲南が西部大開発を実施する上での主要理念
1.三大目標の実現 2.四大戦略の実施
3.五大基幹産業の建設 4.五大プロジェクトの展開
第3節 西部大開発の展開
1.しっかりと基盤を固める
−インフラ建設による「ボトルネック」の緩和ー
2.重点を際立たせた生態事業の推進
−生態環境保護に重点を置いた建設ー
3.構造調整による開発
−五大基幹産業育成に重点を置いた建設と
経済構造の最適化ー
4.科学技術による効果
−科学教育に重点を置いた雲南振興実施ー
5.改革開放が発展を後押し
−投資環境のソフト面改善による対外開放
レベルの向上ー
第4節 中国ーASEAN自由貿易区建設における
雲南の機会と役割
1.五大ルートの建設による橋渡し作用
2.五大サテライトの構築による優れたサービスの提供
3.六大産業の開発協力
第2章 雲南省の開発課題 −日本との比較ー
第1節 新しい時代の地域開発モデル
1.西部大開発政策の特質 2.先進国モデルとの相違点
3.雲南省の地理的特性 4.日本の経験の活用
第2節 地域開発政策
1.地域開発政策の概念
2.発展途上国における地域開発の困難性
第3節 戦後日本における地域開発政策
1.復興と開発
2.集中政策と分散政策の対立
3.メイン・フレーム型国土の形成
4.石油危機後の地域政策:混迷期
5.世界都市論と地域開発
第4節 雲南省の開発政策
第3章 「緑色経済」の構想と施策
第1節 雲南が緑色経済強省建設を打ち出した根拠
第2節 雲南の緑色経済強省建設主要目標案
第3節 緑色経済強省の重要な支柱として六大主要産業を
建設する案
1.現代農業
2.生物資源開発刷新産業
3.観光産業
4.クリーンエネルギー産業
5.現代情報産業
6.環境保護産業
第4節 緑色経済強省建設の主要対策及び措置案
1.指導者の強化と、運用メカニズムの構築
2.環境保護製品の開発
3.環境保護製品の市場経営販売を拡大
4.投融資体制の刷新
5.人材育成の加速
6.環境保護科学技術研究成果の産業化の強化
7.市街地化による緑色経済の発展
8.規範化された執行及び監督体系の構築
9.政策サポート体系の完備
第4章 農産物中心の生物資源の開発
はじめに
第1節 雲南省の農業と農産物
1.中国の農業、農村の変遷 2.雲南省の自然
3.雲南省の農業 4.雲南省の主要農産物
第2節 雲南省の主要農産物と貿易
1.日本の農業事情と農産物の輸入
2.主要農産物の世界的位置づけ
第3節 雲南省の農業、農村の将来の展望
1.農産物の特化 2.中山間地域の開発
3.グローバルな花ビジネス 4.農業と情報
第5章 雲南民族伝統文化と継続発展
はじめに
第1節 雲南民族伝統の基本的特徴
1.悠久の歴史文化の蓄積
2.一体化した多民族文化
3.鮮明な地域特色と時代特徴
第2節 雲南民族文化建設の基礎と条件
1.民族文化建設のための民族政策と
法律の基本的保障の提供
2.新しい時代に入った雲南民族文化建設
第3節 雲南民族文化省建設における思考
1.先進文化の堅持と民族精神の提唱と育成
2.保護と開発の相互的促進による発展への道
3.科学的規制と重点強調による民族文化資源優位から
民族文化産業優位への転化
4.時代とともに発展し、新機軸を打ち出す
第6章 少数民族地域における格差の解消
−大理ペー族自治州から見た貧困の克服ー
第1節 問題の所在
1.下から開発を考える視点
2.格差のありよう −農村と少数民族ー
第2節 大理ペー族自治州における貧困援助活動の展開
1.1980年代半ばからの貧困援助行政
2.難関を攻略する貧困援助
3.21世紀最初の10年の貧困開発援助
第3節 洱源県の山地部の事例
1.彝(イ)族の山村の発展
2.山地のペー族の貧困
第4節 貧困地域の発展の課題
1.大理ペー族自治州の農村間に見られる格差
2.地域の特性を活かす戦略
3.外部社会との関係
4.人材の開発
5.結 語
第7章 伝統文化の持続と変容
−瀘沽湖地区の生態・観光・社会の調査と発展についてー
第1節 西部大開発と瀘沽湖
第2節 瀘沽湖の生態環境の伝統と変容
第3節 落水村の観光開発と文化変容 その1
第4節 落水村の観光開発と文化変容 その2
結 語
第8章 東南・南アジアに通じるゲートウェイの建設
はじめに
第1節 巨大通路としての雲南の地理的背景と歴史
第2節 現代における国際巨大通路建設の実現可能性と意義
1.西部大開発が西部地区の発展とインフラ整備を
強力に推進する
2.国際巨大通路の建設により、東南・南アジア各国との
協力体制を強める
3.中国対外開放は東南アジア、南アジアと連結する
国際巨大通路の建設を求めている
4.周辺国家に通じる総合的交通網を形成した
第3節 21世紀初頭の国際巨大通路建設のプロセスと見通し
1.道路と鉄道は巨大通路の骨幹である
2.パン・アジア鉄道の建設
3.国際水運航路の開発
4.空港の建設
終 章 むすびにかえて
付録
あとがき
巻末資料