メコン圏を対象とする

     調査研究・調査紀行・概説書  第26回

 

  

                       

                  

  

   

   『クメールの彫像』

    

    J・ボワスリエ著、

    石澤良昭・中島説子 訳

    連合出版、1986年7月発行 

 

    ISBN4−89772−045−1

    

 

 

 本書の原書は、執筆当時プノンペン国立博物館(創立当時「アルベール・サロウ博物館」と呼ばれていた)の館長職にあったジャン・ボワスリエ氏(Jean Boisselier)が、プノンペン国立博物館の豊富なコレクションの中から、クメール美術の中で代表的な彫像24点を選定し紹介と解説をする目的で書いた書籍で、初版は1952年に刊行された。1984年に改訂加筆版が出され、本書は石澤良昭氏・中島節子氏による改訂加筆版の邦訳で、邦訳版は、1986年に連合出版から刊行されている。(2000年に新装版が連合出版より刊行)

 

 本書の構成としては、選定されている彫像24点全てにつき、最初に口絵として、それぞれ頁大の写真が掲載されていて、第二部で、彫像24点それぞれについて詳細な解説が行われている。第一部での「クメール芸術の変遷」と題した歴史、宗教、彫像についての概説や、巻末の主要遺跡の地図や24点の彫像の発見場所を示した地図、更にクメール美術の様式一覧表も付されていて、クメール美術の変遷及び宗教の動向をクメールの歴史とともに全般的に掴むことができる。

 

 掲載されている彫像24点についての詳細は下記の表の通りで、時代別に代表的な美術様式の彫像が取り上げられている。造像年代が6世紀前半のルドラヴァルマン王(514年〜545年)と推定されるタケウ州のプノン・ダで発見された前アンコール期プノン・ダ様式のヴィシュヌ神の彫像(彫像1)に始まり、アンコール王朝草創期の9世紀前半のクレーン様式のヴィシュヌ神像(彫像7)からプラ・コー様式のシヴァ立像(彫像8)、バケン様式の女神像(彫像10)、ジャヤヴァルマン4世が造営し921年〜944年まで一時的な都城となったコーケーの美術様式(彫像11・12)、10世紀後半のバンテアイ・スレイ様式(彫像13)、11世紀後半のパプーオン様式の女神像(彫像14)からアンコールワット様式、バイヨン様式と、アンコール期の各美術様式の彫像紹介が続く。

 

 掲載紹介されている彫像の材質については、ほとんどが砂岩であるが、彫像15「横たわるヴィシュヌ神の胸像」は、青銅胸像で、1936年にアンコール遺跡群西メボン遺跡で発見された大型の青銅像。クメールの青銅製彫刻については、最近の発掘結果や研究報告による付記が加えられている。最後の掲載彫像24「祈る人」の材質も砂岩ではなく、これは15世紀の「後アンコール時代」の木造製。

 

 掲載紹介されている彫像は、ヴィシュヌ神やシヴァ神、ハリハラ神、ラクシュミーなどのヒンドューの神々や、立像やナーガの上の仏陀像、ロケシュヴァラ(観世音菩薩)が主であるが、彫像3「ヴァージィムカ」は馬頭人身像。本書のカバー写真にもなっている彫像19は、バイヨン寺院を中心にした現在のアンコール・トムを造営し、その治世1181年から1219年ごろにおいてクメール帝国の栄光をさらに高揚し、その版図を最大限(インドシナ半島のほぼ全域)にまで拡張したジャヤヴァルマン七世の彫像とされている。

 

 彫像23では、別名「コマイユ仏」と呼ばれている有名な仏像が紹介されている。これはフランス極東学院アンコール遺跡保存委員会(1908年設置)の初代所長J・コマイユによって1913年にバイヨン遺跡で発見されたもの。第一部の「クメール芸術の変遷」においても、このコマイユ仏について以下のように触れている。

 ”クメールの彫像はその高度の完成された美しさ、その独創性の豊かな点で早くから注目されていた。すでに1875年にクロワジェ伯爵[著名な東洋美術品収集家]は次のように書いている。・・・・しかしながら、実際にクメールの彫刻に関心が寄せられるようになったのは、G・セデスとH・パルマンチェの両氏による最初の本格的な目録が出版された1916年ごろからである。とりわけ、1913年に発見された仏像は発見者の名前をとって「コマイユ」仏と名付けられ、その関心が高まったのである。コマイユはフランス極東学院アンコール遺跡保存委員会の初代遺跡保存官であった。そのコマイユ仏は造形美術上の質的な完成度およびその古典的な優美さを持ち、発見された同じ年にフランスのインド学者フーシェが、権威ある論文の中でそのことに言及している。”

 

 ”東南アジア美術史・図像学の泰斗であり、特にクメール美術の独創性を透徹した慧眼で見抜かれ、世界的な位置づけを行った権威として知られている”と、訳者の石澤良昭氏が紹介する原書の著者J・ボワスリエ教授については、巻頭の訳者まえがきに、以下のような興味深い文章が綴られている。”私は歴史の関連分野としての美術史・図像学に興味を持ち、パリ大留学時代に同教授の図像学等の講義には欠かさず出席し、リュクサンブール公園近くのミュシュレ通り校舎での重厚な話ぶりに聞き入っていた。同教授は彫像の絶美な容姿と同時に、それを創った往時の人々の思い入れや時代精神を忖度するようにと口ぐせのように言っておられたことを想い出すのである。”

 

彫像1 ヴィシュヌ神  造像年代=6世紀前半(推定)

  発見場所=プノン・ダ(タケウ州) 

彫像2 仏陀立像  造像年代=6〜7世紀

  発見場所=ワット・ロムロク(プレイ・クラバ郡、タケウ州) 

彫像3 ヴァージィムカ 造像年代=7世紀ごろ

  発見場所=クック・トラップ村付近(カンダル州) 

彫像4 ヴィシュヌ神 造像年代=7世紀

  発見場所=ツーオル・ダイ・ブオン(ペアラン郡、プレイ・ヴェン州)

彫像5 女神 造像年代=7世紀

  発見場所=コー・クリエン(コンポン・チャム州)

彫像6 ハリハラ神 造像年代=8世紀

  発見場所=プラサット・アンデット(ストゥン郡、コンポン・トム州)

彫像7 ヴィシュヌ神 造像年代=9世紀前半

  発見場所=プラサット・トマ・ダッ寺院(プノン・クレーン地方、シェムリアップ州)

彫像8 シヴァ神 造像年代=9世紀第3・四半期

  発見場所=バコン寺院(ロリュオス遺跡群、シェムリアップ州)

彫像9 祈る苦行者 造像年代=9世紀第3・四半期

  発見場所=プラ・コー寺院(ロリュオス遺跡群、シェムリアップ州)

彫像10 女神 造像年代=10世紀前半

  発見場所=プラサット・ネアン・クマウ寺院、北祠堂(バティ郡、タケウ州)

彫像11 格闘する神とアシュラ(?) 造像年代=10世紀第2・四半期

  発見場所=プラサット・トム(コー・ケー遺跡群、シェムリアップ州)

彫像12 恐ろしい形相の顔面 造像年代=10世紀第2・四半期

  発見場所=プラサット・トム(コー・ケー遺跡群、シェムリアップ州)

彫像13 デヴァ(神)像の頭部 造像年代=10世紀第3・四半期

  発見場所=バンテアイ・スレイ寺院(シェムリアップ州)

彫像14 女神 造像年代=11世紀

  発見場所=プラサット・トラペアン・トトゥーン・トウンガイ(シェムリアップ州)

彫像15 横たわるヴィシュヌ神の胸像 造像年代=11世紀半ば頃

  発見場所=アンコール遺跡群西メボン遺跡(シェムリアップ州)

彫像16 ナーガ(蛇神)上の仏陀 造像年代=11世紀

  発見場所=ペアム・チェアン農園(コンポン・チャム州)

彫像17 ナーガ(蛇神)上の仏陀 造像年代=12世紀前半

  発見場所=シソポン地方の洞窟(シェムリアップ州)

彫像18 ヴィシュヌ神 造像年代=12世紀前半

  発見場所=ワット・クナット(シェムリアップ州)

彫像19 ジャヤヴァルマン七世像 造像年代=12世紀末〜13世紀初頭

  発見場所=クロル・ロメアス(アンコール・トム、シェムリアップ州)

彫像20 ロケシュヴァラ(菩薩) 造像年代=12世紀末〜13世紀初頭

  発見場所=死者の門(アンコール・トム遺跡、シェムリアップ州)

彫像21 ターラー(多羅菩薩) 造像年代=12世紀末あるいは13世紀初頭

  発見場所=アンコール・トムの北側叢林(シェムリアップ州)

彫像22 ラクシュミー(吉祥天) 造像年代=12世紀末から13世紀初頭

  発見場所=プラ・コー(ロルオス遺跡群、シェムリアップ州)

彫像23 ナーガ(蛇神)上の仏陀 造像年代=13世紀

  発見場所=バイヨン遺跡(アンコール・トム境内、シェムリアップ州)

彫像24 祈る人 造像年代=15世紀

  発見場所=アンコール・ワット境内(シェムリアップ州)

             本書の目次

 

 

      日本語版によせて (Jean Boisselier)

     訳者まえがき

     口絵

     本書の成立 −はしがきに代えて

 

  第一部  クメール芸術の変遷

     一、歴史   二、宗教   三、彫像

 

  第二部  解説・クメールの彫像

     1.ヴィシュヌ神   2.仏陀立像   3.ヴァージィムカ

     4.ヴィシュヌ神   5.女神    6.ハリハラ神   7.ヴィシュヌ神

     8.シヴァ神    9.祈る苦行者  10.女神

     11.格闘する神とアシュラ(?)  12.恐ろしい形相の顔面

     13.デヴァ(神)像の頭部   14.女神  

     15.横たわるヴィシュヌ神の胸像   16.ナーガの上の仏陀

     17.ナーガ(蛇神)の上の仏陀   18.ヴィシュヌ神

     19.ジャヤヴァルマン七世   20.ロケシュヴァラ(菩薩)

     21.ターラー菩薩    22.ラクシュミー(吉祥天)

     23.ナーガ(蛇神)の上の仏陀    24.祈る人

 

     関連地図

     年表

     参考文献

    訳者紹介

 

 (本書紹介文より。1986年発刊当時)

 

石澤良昭 (いしざわ・よしあき)  

 

 1937年生れ。上智大学外国語学部卒業。カンボジア史および古クメール語碑刻学専攻。現在、上智大学アジア文化研究所所長・教授。

 主な著訳書:『埋もれた文明アンコール遺跡』(日本テレビ出版部)、『古代カンボジア史研究』(国書刊行会)、『東南アジア史』(訳書、文庫クセジュ、白水社)など。

 

中島節子 (なかじま・せつこ)  

 

 1942年生れ。上智大学大学院国際関係論修了。現在、上智大学国際関係研究所勤務。

 

 

  日本語版によせて

 

 

 古代カンボジアの美術とその歴史に対して、日本では研究者をはじめ幅広い階層の多くの美術愛好家が関心を寄せておられることは、かねてから知られており、ここであらためて強調するまでもないことであります。その関心のルーツを探るわけではありませんが、ふりかえれば1963年、在カンボジア日本大使芳賀四郎閣下のイニシアティブのもと、プノンペン国立博物館とアンコール遺跡保存委員会の協力で、東京において開催された「カンボジア王国秘宝展」が、大成功を収めたことが懐かしく思い出されます。

 

 日本の皆様のこうした関心に応えるものとして記憶に新しいところでは、クメール文化の遺跡保存のために払われている数々の努力があげられます。アンコール遺跡は長年にわたる内戦と治安の悪さにより、現在、倒壊の危機にさらされております。東京では1985年4月に上智大学アジア文化研究所主催で「アジアの文化遺産の再発見 −アンコール遺跡の救済問題」の国際シンポジウムが開催されました。このシンポジウムは、クメールの歴史的記念物、とりわけアンコールの壮大な大遺跡群の保存救済についての種々の問題を喚起するという重要な意味をもっていたと思われます。このアンコール遺跡の保存・修復工事は1970年以来内乱に巻き込まれて、残念ながら中断されたままであり、戦火が終わった現在も未だ放置されたままです。

 

 アンコール遺跡に対する関心を喚起し、その救済保護を図ろうとする計画は、それ自体がいかに大きく立派な内容を持っていたとしても、経験だけに頼っていては何の前進もないでありましょう。それは、何よりも遺跡の学術研究を発展させ、遺跡に対する保存意識を高めるものでなければなりません。この使命を果たそうとしているのが上智大学アジア文化研究所であります。ここでは右の目的に沿った研究が石澤教授のイニシアティブで研究所の主要な活動の一つに組み入れられています。石澤教授の古代カンボジア史に関する研究は、教授の文化史的・美術史的視座からの遺跡保護に寄せる深い関心とともに、以前から私たちの知るところであります。この度、アジア文化研究所の肝いりで、こうした運動の普及と教育的目的からこの小冊子の日本語訳を申し込まれました。本書は1952年に執筆されたもので、当時はプノンペン国立博物館(創立当時「アルベール・サロウ博物館」と呼ばれていた)の館長職にありました私が注釈を書いておりますだけに、この小冊子が日本語訳書に選ばれましたことは、私の学術成果に対する信頼の証として、また個人的評価を裏付けるものとして、大変光栄なことであり、石澤教授のこうした申し出を心から歓迎するものであります。

 

 本書執筆に際しては、「クメール」学なるものに必ずしも馴染のない人々に、クメールの彫刻や美術に対して親しみが持てるようにと心がけました。そのためカタログ的な体裁をとり、クメール美術史における最も重要な時代を代表する作品を厳選して検証することにいたしました。作品の選択はもっぱらプノンペン博物館の豊富なコレクションの中から行い、全般的な流れとして、扱う各時代の美術変遷および宗教の動向を明らかにするよう留意いたしました。この基本的な方針の下に、当時からすでに保管されていた彫刻24体を選び出したのです。そのため、1952年以後発見された作品の中で、美術的または歴史的に重要性を持つものがあるとしても、本書[改訂版]では、紹介を割愛せざるを得ませんでした。それに代わって、1952年以後にもち上がった要求に添うべく、新しい読者諸賢に対して30余年の研究とその学術的成果、特に図像学に関する最近の精察を加筆したテキストを提供する必要があると考えました。本書は、こうして最近の図像学研究の成果を駆使し、あらためて新しい正当な評価を書き加え、種々の補足を注釈もしくは参照の形で掲載いたしました。これらの加筆補足部分は大体において簡略なものですが、少くとも読者諸賢が場合によっては参考文献にも照合できるように十分な詳報を集めました。同じ理由から、参考文献一覧も主要なものを含めて一新いたしました。というのは、1952年以前に出版された研究書の多くは、今日ではクメール美術研究の歴史を調べる上で価値がありますが、それ以後に刊行された実際に重要な研究成果が以前のものにとって代わったのは当然のことだからであります。

 

 このような形で本書が出版の機会に恵まれ、日本の読者諸賢に献上できますことは同慶の至りであります。そして実に積極的に本書改訂日本語版について出版の労をとってくださった石澤教授に深く感謝申し上げます。

 

 

  1985年6月

  パリ大学名誉教授

  ジャン・ボワスリエ