メコン圏を舞台とする小説   第7回   

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 著者紹介

西東 登(本名:齋藤五郎) 

  

大正6年5月熊本県生まれ。

善隣高商を卒業して北京大学経済学部

研究科を修了。

昭和18年に応召して、中国、南方各地

を転戦。

復員後「キネマ旬報」などの編集者を経

て短篇PR映画の製作に従事。

 

       

関連テーマ

 

 

●日本軍のタイへの進駐と

 戦時中の日本とタイの関係

 

●終戦直後のタイにおける日  本軍俘虜

 

●ビルマ戦線と

  インパール作戦

ストーリー展開時代

 

・昭和38年(1963年)

 

・昭和18年・昭和21年

 

ストーリー展開場所

 

・東京

 (井之頭公園・吉祥寺・池袋・銀座・板橋・永福町・調布・久我山・新宿大塚・洗足)

・タイ

  バンコクから300kmの農村

  バンコクから西北方300kmの山中

  

登場人物たち

 

・池見年郎(46歳。

  カメラレンズ製作会社社長)

・鹿子二郎 (週刊誌の編集記者)

・宍倉麻美 (週刊誌の記者)

・野々村正文(47歳。武蔵野市在住

   写真機材料店経営者)

・粕谷留次郎(動物園飼育係)

 

・畑山元四郎(新興宗教団体の会長)

・宇多川(正聖会の理事長)

・三瓶(正聖会の人事部長)

・篠塚(正聖会の武蔵野支部長で

    武蔵野市で風呂屋経営)

 

・キム・チャエハ(日本の大学在籍の

  タイ人留学生。24歳の青年)

・阿木屋則武(多摩合板会社庶務課長)

 

・三村念造(三念商事の社長)

・宗近芳雄(黒須写真工業・営業部

  渉外課課員)

・宍倉栄作(三念商事・タイ駐在員)

・葉子仁(華僑商社・南興公司)


・淵上軍曹

・阿木屋上等兵

・矢ノ浦上等兵

・野々村一等兵

・池見上等兵

・ラサヌ(タイ人女性)

・キム(ラサヌの幼弟)

   

     

  

   

            「蟻の木の下で」 

        

    著者:西東 登

 

   講談社文庫、1976年刊(文庫本)

 


 本格的謎解きに戦争を絡ませた異色作で、第10回(昭和39年)江戸川乱歩賞受賞作品。戦争時の日本軍兵士によるタイでの事件及び終戦直後のタイでの日本軍俘虜間の余りにも残忍な事件が明らかにされるにつれ、怒りに似た感情からその追求がどうなるのかという思いで一気に読み進んでしまえる作品だ。しかしながら贅沢なほど、いろんな展開が用意され、その意外さには驚かされる。

 

 物語は、東京・井之頭公園内の動物園・ヒグマの檻の前で、熊の爪跡のような傷を残す男の死体が発見された事から始まる。死体の身元は、武蔵野市に在住する写真機材料店経営者で、死体の傍らには新興宗教・正聖会の金バッジが落ちていた。死者の戦友であった町工場の社長・池見年郎は、週刊誌記者・鹿子の協力を得て、事件の真相を探る。が、事件は第2、第3の殺人事件へと発展、謎は深まっていく。

 

 本書で一つのテーマとしている新興宗教団体の内幕であるが、新興宗教団体の会長・畑山元四郎は、元ビルマ派遣第8軍第161師団、鰐兵団の陸軍中将で、熾烈を極めたインパール作戦の途上で、日本軍の敗色濃しと見極めるや、既に崩壊の寸前にあった軍司令部の指揮の乱れに乗じ、軍司令官の目を逃れると、部下8千の兵団を見捨て、参謀長と暗夜密かに飛行機で仏印サイゴンまで落ち、更に飛行機を乗り継いで内地に逃げ延びたという経歴が設定されている。行動を共にした参謀長・宇田川大佐とともに、戦後日本で、藁にもすがりつきたい民衆の心の中に入り、商魂たくましく信仰宗団を創り上げた。

 

 会員2百万人に間もなく達しようとする宗教集団に加入したタイ人日本留学生・キム青年の登場で、ストーリーが展開されている現代(昭和38年)から、20年前の昭和18年、ある日本軍部隊が、ビルマに向けて進軍途上にあったタイ農村に舞台が飛び、本書のメコン圏との関わりが新たに拡がっていく。一方、東南アジア方面に雑貨類を輸出している小さな商社が取りまとめたタイ向け写真機の輸出契約が華僑商社からキャンセルされるという事件が起こるが、これには手の込んだ陰謀が仕組まれていた。ところがこの事件から新たな事実が判明していくことになる。

 

 本作品の初版発行は、1964年(昭和39年)であるが、新興宗教の問題など時代の古さを感じないテーマや事象の観察が本書に見受けられ、また最近話題になった「三国人」の言葉も使われている。一方、町に風呂屋が多く(東京の風呂屋のほとんどは、新潟県、島根県、石川県の3県の人間が経営し、中でも石川県が7割以上を占めているという話が持ち出されている)、祭りや公園には傷痍軍人の姿があるといった光景はすっかり過去のものになってしまった。本書で著者が最も描きたかったと思われる戦争への嘆きと憤り、戦争の歪み、更には戦争の混乱を境に大きく人生が変わっていく人々の姿などは、本作品発行時より、一層忘れ去られ縁遠くなってしまっている感がある。

 

 一日でも早く入隊した兵隊の方が偉く、年次の低い兵隊が軍隊の中で惨めな扱いを受けるといった軍隊内部の問題を、既に社会人として、自分の能力や身分を自覚していて応召された者にとってはやりきれない世界であると語られ、軍の統制を保つための厳然とした階級制度を利用しぬいて淫虐の限りをつくした下士官への怒りと同時に、下士官の前で辱められた兵士の憎しみや、従属を余儀なくされ同僚を見捨てた部下達の苦悩に、とても悲しくいたたまれない気持ちになる作品だ。