メコン圏を舞台とする小説   第8回   

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 著者紹介

野村国弘(のむら・くにひろ) 

  

1942年、北海道生まれ

1960年安保闘争に高校生として参加。日韓条約反対闘争中に大学を中退。外国通信社記者を勤めたあと、学生時代の仲間とともにベトナムに行き、1975年サイゴン陥落まで滞在。以降、アジア問題に関わりつづけている。関西アジア研究会を主宰。

 (本書著者紹介より・90年発刊当時)

 

       

関連テーマ

 

 

●アジアでの日本人の振る舞い

 

●アジア人意識のない日本人の生き方

 

●日本とアジアとのつながり

 

・タイと米国軍隊

・タイへのベトナム難民(陸路・海路)

・有名観光地以外の土地

・森林伐採

・カンボジア難民

・難民収容所での日本人ボランティア

・タイでの反ベトナム政府ベトナム人

・タイの農村と貧しさ

・ベトナム戦争時の報道の虚と実

・タイ・ラオス国境衝突

・本多勝一

・第3次インドシナ戦争

・中越紛争

・W・バーチェット

・コンタン

・渡辺栄・医学博士

・ベトナムの「解放」

・ラオス難民

・白人対アジア人の歴史

・第2次世界大戦認識

・バンコクとタイ地方

・タイとベトナムとの関係

・タイに住むベトナム人

・アラブへのタイ人出稼ぎ

・アヘン戦争以降の近代アジア史認識

・タイ学生革命運動

・タイ共産党

 

『日本で誤解されているアジアは、そこでの生活者として暮らして見る限り、けっして土人の国でもなければ貧しい怠け者の天国でもなかった。人間としての喜怒哀楽は当然のこととして、人間として生きる上で忘れてはならない大切な何かを、アジアの多くの国はいまだしっかりと生活の根底の中で守りつづけているのではないか。先進文明国の仲間入りする際に日本が置き忘れてきた何かが、たしかにアジアの国々にはまだしっかりと息づいているのを実感し、逆に日本はこれでいいのかと思う。・・・平和で豊かなアジア、日本のようにならないアジア、アジア、アジア・・・・』

ストーリー展開時代

 

1979年頃

 

ストーリー展開場所

 

・タイ

  パタヤ、バンコク、アランヤプラテート

  コラート、ノンカイ、ナコンパノム、

  チェンマイ、ゴールデントライアングル

 

・ベトナム(回想)

  ミト、サイゴン 等

  

登場人物たち

 

・「私」(タイで日本人観光客ガイド)

・「N」

・アメリカ水兵

・タイ外務省勤務のタイ人官吏

・リム(売春婦置屋の雇われママ)

・アンパン(「私」の半同棲中のタイ女性)

・ポンサコーン(タイ人華僑)

・マーシャル(タイ人男性)

・ジェットポーン(高校教師のタイ人女性)

・タノム(運転手)

・タイでの日本人売春婦

     

  

   

            「小説・志願兵」 

        

    著者:野村国弘、1990年、亜紀書房

 




 「日本にとってのアジア」というサブタイトルが付く本書は、日本人のアジア認識、生き方を問い、その在り方を痛烈に批判している。

 多少の「タイ通」「アジア通」を任じ、最近の手軽なアジアブームを苦々しく思っている方或いは周囲・ムード・ブームに流されやすい日本人の軽薄さ・単純さを冷笑していた方も、本書で展開される批判のストレートさには、強烈な衝撃を受けるのではなかろうか?

 

 本書はエンターティメント小説というよりも、著者の主張がほとばしる日本人への警鐘であり檄文である。それでも形は「小説」仕立てになっており、バンコクで日本人相手の現地旅行社に勤務する日本人若者を「私」という一人称で登場させ、ストーリーが展開している。

 

【アジアでの日本人の振る舞い】

 「私」は、大学受験に失敗し、日本を出て、世界を放浪。なぜかタイ・バンコクにのめりこみ、日本人相手の現地の旅行社で、ツアーコンダクターという職にありつき、通算4年間タイで生活している。そうした生活の中で、外国での日本人というものをつかみかけていた。横柄で高慢ちき、そのうえスケベでだらしない。救いがたいほど独り善がりでもある。タイに来る彼の客となる日本人観光客の多くは、底抜けに間抜けで、日本語以外の言葉は一切ダメという中小企業の社長や商店主連中であるが、その他の職業の人たちもいる。彼らは、極端に臆病か、無鉄砲かに分類され、何かをきっかけにどちらかに急変する。1,2度の短期旅行で、タイのすべてに精通した立派なタイ通で国際人になった気になり、少なくともそのように気取りそのように振舞うことで、彼らは格好良いと考えている。タイは自分を中心に回転していると言ったようなはなはだしい勘違いをしている。日本では多分、ひとかどの人格者を自負しているであろう日本のオッサンたちは、タイでモテたと確信し、戦果を得意げに吹聴する。そんな彼らからの厚かましい命令口調に、「私」はいい加減仕事にうんざりしていた。

 

【アジア人意識のない日本人の生き方】

 そんな「私」が、Nという桁外れな日本人に出会う。日本人のイメージを根底から覆すような男に出会い、「私」は、ベトナム戦争時、ベトナム社会の内部にいて世界を見てきたNという男に、言い知れぬ畏怖、興奮と魅力を感じると同時に不思議な爽快感も覚えたのである。海路でのベトナム難民を拾うために向かったタイ東海岸沖で、Nが海に浮かぶコーラの空き瓶を軍用ピストルで「日本」を撃ちまくる場面がある。そのビンのなかには、「堕落」「退廃」「セックス・アニマル」「成金」「エコノミック・アニマル」と書きなぐってある紙片が詰まっていたのだ。観光客やタイの表面を早足で駆け抜けてぶつくさ言っている駐在員やその女房方と違い、そういった連中がしたり顔でいうようにタイ人が間が抜けていてルーズで「日本人より一段落ちる存在」とは決して考えていない「タイ通」の「私」も、このNと言う日本人には敬服する。彼は、アジアの各層の人々を大切にするとともに、隘路でしか通じ合わない日本人としてではなく、モノが正しく理解できる人間としてタイの超エリートの心も虜にできる日本人だ。こうして、Nに刺激を受けた「私」は、前に進むべくある新しい決意をすることになる。

 

【日本とアジアとのつながり】

 同書は1990年には発行され、本で描かれているのは、更にその10年前の頃であるが、そこで書かれているこの著者の主張は、今もって新鮮だ。同書発行前後のアジアブームから、買春が主目的の男性観光客だけではなく、今は多くの日本人が駐在員とその家族として、現地生活者として、旅行者としてアジアを訪れ、また日本でもアジアに関する情報があふれるようになった。しかし、日本人のアジアでの振る舞いや、アジア認識、アジアの人への見方・接し方には、果たして変化がみられるようになったのであろうか?また本音のところで、アジアの人たちから多くの日本人はどのように映っているのであろうか?著者は、本書で「日本」「日本人」であることのアジアにおける意味も含め、アジアを表層的ではなく、自ら考えもっと深く知り且つ理解し、そうしたスタンスを確立していることを訴えているのではなかろうか?

 

 本書は、戦争の本質をベトナム戦争の極限状態から感じ、その後も一貫してアジアに目を向けてきた著者のアジアへの思いと、日本人への覚醒を求める激情が溢れる一冊だ。