第13回  メコン圏を舞台とする     

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            「死ぬには遅すぎる」 

        

    クリストファー・ムーア 著、井坂清 訳

    1997年12月、講談社

    ISBN4−06−263668−9

 

 内戦の続いたカンボジアでは、1991年10月のパリ協定後、1992年3月から1993年9月まで、総選挙、憲法制定、新政府樹立までと、事実上国家行政を代行する国連の平和維持活動(PKO)として、UNTAC(国連カンボジア暫定行政機構)の統治下にあった。本書はこの時期のプノンペンを主な舞台としたハードボイルドミステリーである。

 

 原書はバンコク在住のカナダ人作家による英語で書かれたもので、初版は1994年タイの出版社から発行された。原題は『CUT OUT』。訳書でも何箇所かに「遮断要員」との訳語で登場する。

 

 バンコクで私立探偵をなりわいとするアメリカ人、ヴィンセント・カルヴィノは、タイ在住のまともでない白人たちがたむろするバー、ロンサム・ホーク・バーで、1987年タイ・ラオス国境紛争で秘密作戦に従事していた元米空軍パイロットから、ある仕事を依頼された。プノンペンにいるマイク・ハッチというアメリカ人を探し出して欲しいというものであった。しかし、その下準備のためにバンコクの競馬場に会いに行った相手のカナダ人宝石密売人は、カルヴィノの目の前で毒殺されてしまう。

 

 カナダ大使館の秘密情報員もカルヴィノに接触してくる中、カルヴィノは、プノンペンに向かうが、カンボジアからタイへの武器密輸を阻止したいという彼の親友でもあるバンコク警察幹部のプラット中佐もなぜか、カルヴィノのプノンペン行きに同行する。プノンペンではUNTAC警察の援護も受けながら調査を進めるが、関係者が何者かによって次々に惨殺されていく。

 

 東南アジアに長く住み着く白人達のバンコクやプノンペンでの生態が、バーや娼家などを場として描きだされているが、またUNTAC統治下でも混乱が残るプノンペンでも、多種多様な人物たちが本書に登場する。もぐりの検問所でのカンボジア人兵士たち、ベトナム人娼婦たち、オートバイタクシー運転手、アイルランドやインドからのUNTAC警察官、悪質なブルガリア兵、ロシアからきたばかりというフランス人男性、地雷の被害者を治療するために青春をささげてきたNGOのフランス人女性医師、アメリカ人女性ジャーナリスト、報道写真家、T−3刑務所に収容されたクメール人、病院でドクターを務めるモノロムホテルのフロント係などなどだ。

 

 随所に繰り広げられる皮肉やユーモアのある会話のやりとりは味わえるが、カルヴィノ同様に読者も確認したくなるあることが、意外な展開結末とともに最終章にちゃんと用意されている。主人公のツーというベトナム人娼婦への献身的な姿には救われる気持ちにもなるが、社会の不条理のしわ寄せが一部の人たちに不幸な形で押し寄せる状況にはせつなくなる。尚、ストーリーの展開には、「サウジアラビア宝石事件」というタイらしいというかむちゃくちゃな実際に起こった怪事件も絡んでいる。

 

 原著者の作家クリストファー・G・ムーア氏は、オクスフォード大学で学んだ後、カナダで法学のプロフェッサーとなったが、1980年代にアジアに魅せられ、現在は大学教授を辞めバンコクに移り住んで10年以上になるという異色のカナダ人だ。タイをはじめとする東南アジアを舞台としたミステリーを主に書き続け、バンコクの私立探偵カルヴィノが活躍するハードボイルドもシリーズ化している。今年(2000年)8月に邦訳第2弾として、同じく井坂清氏による訳で『最後の儀式』(原書名SPIRIT HOUSE)が講談社文庫として発行されているが、この作品もカルヴィノ・シリーズの一つである。


 

 ◆私立探偵カルヴィノ・シリーズの主な登場人物

   ・ヴィンセント・カルヴィノ

      ニューヨーク市生まれ。バンコクで私立探偵を生業とする。

      イタリア人の父親とユダヤ人の母親との間に生まれ、ニューヨークで

      育つ。

      もともとニューヨークの弁護士だったが、犯罪組織から逆恨みされ、

      無実の罪をきせられて、弁護士の資格を失う。妻とも別れ、

      タイへ流れてきた男。タイ在住の日本人ガールフレンドとも別れる。

      スラム街に在住。銃所持の許可を取得。

      『死ぬのは遅すぎる』(原書:Cut Out)時は、43歳でこの9年間バンコク

      に在住。

 

    ・プラット中佐(プラチャイ・チョンワタナ中佐)

      バンコク警察幹部。ニューヨーク留学中にカルヴィノと知り合う。

      シェイクスピアを自在に引用する教養人で、ジャズを愛し、テナー・

      サックスを吹く。

      『最後のパトロール』(訳者・野中耕一、燦々社)の原著者・ワシット・

      デートクンチョン警察大将をモデルにしたらしい?

          (『最後の儀式』の訳者あとがき)

 

    ・ラタナ

      カルヴィノの女性タイ人秘書。ラムカムヘン大学で法律の学位取得

 

 著者紹介

クリストファー・ムーア

  (Christopher G.Moore)

 

 カナダ生まれ。オクスフォード大学卒業。バンクーバー、ロンドン、オクスフォード、東京と移り住む。’80年代にアジアに魅せられ、現在はバンコクに定住。

 タイをはじめとする東南アジアの国々の政治、風俗、習慣、人々をじっくり描きこんだハードボイルド<私立探偵カルヴィノ・シリーズ>で人気を博す。本作『死ぬには遅すぎる』で日本初登場!

 

著者ホームページ (英語)

 訳者紹介

井坂 清(いさか・きよし)

 

 1932年、高知県生まれ。東京都立大学大学院博士課程修了。英米文学翻訳家。ダグラス『FBIマインド・ハンター』、ヒキンズ『死にゆく者への祈り』、クランシー『レッド・オクトーバーを追え』等、翻訳書多数。

 

関連テーマ

 

●UNTAC

 (国連カンボジア暫定統治機構)

 

●カンボジアのベトナム人

 

●サウジアラビア宝石事件

     (タイ)

 

タイ南部のイスラム教徒

タイ・ラオス国境紛争

ストーリー展開時代

 

・1993年

 

ストーリー展開場所

 

・バンコク

  スクンビット通り、アンリ・デュナン通り

  競馬場、バンコク警察本部

  チュラロンコーン大学、

  ラチャダムリ通り、ソイ・カウボーイ

  ワシントンスクエア、ニューロードなど

 

・プノンペン

  モノロムホテル、

  セントラルマーケット、

  ボンコック湖など

 

登場人物たち

 

・ヴィンセント・カルヴィノ

  バンコクの私立探偵

・ラタナ

  カルヴィノの秘書

・プラット中佐

 (プラチャイ・チョンワタナ)

  バンコク警察幹部

・スチュアート・ルブラン

  カナダ人の宝石商

・アリス・ドゥーガン

  カナダ大使館一等書記官

・バッテン

  依頼人、元米空軍パイロット

・マイク・ハッチ

  密売人、アメリカ人

・リチャード・スコット

  元バー経営者、英国人

・ラヴィ・シン

  UNTAC民間警察警視

  (ニューデリー警察からの派遣)

・ジョン・ショー

  同副警視、アイルランド人

・ロバート・バーク

  UNTAC民間警察本部長

・キャロル

  米国の新聞特派員

・デル・ラーソン

  報道写真家

・ツー

  ベトナム人娼婦

・ドクター・ヴェロニカ

  NGOフランス人医師

・ハンク

  ロンサム・ホーク・バーの黒人コック

・レク

  ロンサム・ホーク・バーのカウンター係