メコン圏を舞台とする小説   第11回   

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 著者紹介

白石一郎

  (しらいし・いちろう) 

  

1931年11月9日、釜山生まれ。早稲田大学政経学部卒。「海狼伝」で第97回直木賞を、「戦鬼たちの海」で第5回柴田錬三郎賞を、「怒涛のごとく」で第33回吉川英治文学賞を受賞。著書「航海者」等多数。

本籍は長崎県の壱岐。終戦で釜山から佐世保に引き揚げた後、福岡に居住。

 

   

関連テーマ

 

●朱印船貿易と日本人町

 

●キリスト禁教と鎖国

 

●「大航海時代」におけるヨーロッパのアジア交易活動

ストーリー展開時代

 

・1630年~1635年

 

ストーリー展開場所

 

・長崎

・高山国(台湾)

   安平

・マカオ

・広南(中部ベトナム)

・シャム

   アユタヤ

 

登場人物たち

 

・岡野文平(主人公、波止場人足)

・浜田弥兵衛

 (長崎代官末次家の大船頭)

・半次郎(御朱印船の船頭)

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・趙白労(台南商行の主人)

・荷花(趙白労の妻)

・陳回老(明国人の漁師)

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・北田角兵衛(オランダ人の従者)

・小堀喜平太(現職の傭兵隊長)

・コルネリア・シモンセン

    (オランダ人女性)

・アルマンサ

 (プロビンシヤのオランダ商館長)

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・栗山八郎太(海賊船の頭目)

・阿比留隼人

・玉葉(阿比留隼人の娘)

・香葉(阿比留隼人の妻)

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・翁白薬

・翁光美

・雷鋒(マカオの波止場人足)

・守愚(明国人の番頭)

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・竹七(長崎の交易商の手代)

・沙来(竹七の主人のベトナム人妻)

・お花(沙来の娘)

・ドミンゴ武兵衛(日本人町の世話役)

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・糸屋太右衛門

   (アユタヤ日本人町頭領)

・赤松広助

   (アユタヤ日本人町副頭領)

・足立軍兵衛(元国王警備隊の組頭)

・美輪(足立軍兵衛の娘)

   

     

 

   

            「南海放浪記」 

        

    白石一郎 著、1999年12月、集英社文庫

    ISBN4-08-747138-1

 

   (単行本は、1996年10月、集英社より刊行

             ISBN4-08-774224-5)

     本書の初出誌は、

       ・「御朱印船」    ・・・小説すばる93年4月号

       ・「馬上の女」    ・・・小説すばる93年12月号

       ・「海賊船」     ・・・小説すばる94年9月号

       ・「うらぶれ切支丹」 ・・・小説すばる95年1月号

       ・「日本人町」   ・・・小説すばる95年5月号

       ・「長政の肖像」  ・・・小説すばる96年2月号

       ・「文平の恋」   ・・・小説すばる96年6月号

 

 本書は、海洋時代小説の第一人者、白石一郎氏による7編の連作長編で、江戸・寛永年間(1624年~1644年)の半ば、息のつまりそうな日本を捨て遠く海の彼方への飛翔を夢見、台湾、マカオ、広南(中部ベトナム)、シャム(タイ)とアジア各地を巡った日本人青年の数奇な人生を描いている。

 

 ストーリーは、1630年、朱印船貿易で活気に満ち、日本人に限らず雑多な人々の往来があり、人の野望や欲望で混沌とする長崎の地から始まる。主人公の岡野文平の父親は肥前島原の有馬晴信に仕えた家臣の家来で、21年前の文平が2歳の時、高山国(台湾)に行ったまま戻ってこず、文平は天草の貧しい百姓の家で暮らすが、14歳の時に面倒をみてくれた叔父と喧嘩して家出し、諸方を放浪。一向にうだつがあがらず長崎の波止場で荷揚げ人足をしていた。この岡野文平が、ある日南蛮人に暗殺されかかった御朱印船の大船頭・浜田弥兵衛を偶然救ったことがきっかけで、日本を捨て海外に行きたいという夢がかない、安南(中部ベトナム)をめざす御朱印船に乗り込むことになる。

 

 しかし、主人公の岡野文平は多少武術に長けてはいるものの、決して超人的な人物で異国で大活躍をするという話でもなく、海外に雄飛し成功するという物語でもない。高山国(台湾)の沖合いで突風(ワイタ)に吹き飛ばされ船の甲板から海に転げ落ちたり、マカオから広南へ運ぶ商品仕入れで明国人にだまされたりで、各地を渡り歩くも最終地のアユタヤでも、長崎を出る前と変わらぬ一文無しのままだ。ただ、岡野文平が、アジア各地で、様々な人々と出会いいろんな経験を積んでいく様は、非常に味わい深い。

 

 日本を離れ異国に生きる日本人には、徳川幕府によるキリシタンの取締りで日本を離れたものもあれば、主人公がアユタヤで出会う足立軍兵衛のように関が原の戦いや大坂の役で浪人となったものもいた。王都・広南に近い港町・フェイフオ(現在のベトナム中部・ホイアン)に住む竹七は、長崎の交易商の手代で、広南国阮氏一族出身の女性と結婚するも何年も戻ってこない主人の留守を預かり、商いを続けながら主人のベトナム人妻と娘の世話を続けている。当時、諸事情からアジアに渡り現地でいろんな生業に携わりながら生きた各層の日本人の姿が、アユタヤやフェイフオの日本人町の様子とあいまって蘇って来るようだ。

 

 ミスツイス造りという和漢洋折衷の船形を始めとする船や航海の描写も随所に見られ海へのロマンが感じられるが、ヨーロッパも加わっての当時の東南アジアを舞台に展開された国際交易の具体的な取引商品や取引事情なども十分に伺える。しかしながら、1633年(寛永10年)、奉書船以外の日本船の海外渡航禁止と海外居住5年以上の日本人の帰国禁止が発せられ、1635年(寛永12年)には、日本船の海外渡航及び海外在住の日本人の帰国全面禁止となり、一時隆盛を誇った日本の御朱印船貿易も途絶え、東南アジアの日本人町も衰退していくことになる。主人公の岡野文平も、鎖国令により2度と日本に戻ることができず東南アジアの異国の土と化した当時の多くの日本人と同じ運命を辿る事になるシャム残留を決意する。

 

 尚、本書で主人公の岡野文平が、朱印船に乗り国外に出るきっかけとなった浜田弥兵衛は、生没年不明なれど、実在人物で、長崎代官・末次平蔵の朱印船の大船頭であったが、特に1628年(寛永5年)に起った台湾事件(浜田弥兵衛事件)の当事者として有名である。オランダは1624年、現在の台南附近の安平に上陸、以降1662年まで38年間台湾南部を占領するが、浜田弥兵衛が、オランダ人との交渉のもつれから、オランダが安平に築いた城を小人数で乗り込んで占領し人質をとって日本へひきあげるという事件で、白石一郎氏は、この事件も

他で取り上げている(「台南始末」 新潮文庫『弓は袋へ』)。また、海賊・鄭芝龍は、福建省南安県出身の海賊で、彼と日本人女性の間に生まれたのが、台湾からオランダを追い出し、清に抵抗を続けた鄭成功だ。