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(文庫本)
「風よヴェトナム」
平岩弓枝 著、2000年12月、新潮文庫
ISBN4-10-124113-9
文庫本掲載の解説文:
井川一久氏(元朝日新聞サイゴン・ハノイ支局長)
(単行本)
(単行本は、1998年2月、新潮社より刊行
ISBN4-10-327910-9)
本書の初出誌は、『小説新潮』で、1996年8月号から
1997年10月号にかけて13回連載
「ミス・サイゴン」「マジェスティックホテル」「八月革命通り」
「ハノイにて」「阮紅玉の孫娘」「事故」「ボートピープル」
「梅本雄太郎の手帳」「船の旅」「南シナ海」「海賊」
「ホイアンへ」「祖国」
平岩弓枝氏というと、江戸期の下町情緒たっぷりの人気シリーズ「御宿かわせみ」や和服をよく召されたお姿からのイメージからか、数多くのヨーロッパを舞台とした作品や、更にはヴェトナムに関する作品も発表されている事を知ると驚かれる方もおられるかもしれない。ヴェトナムに関しては、平岩弓枝氏の結婚された娘さんが、ご主人の海外転勤についてベトナムに駐在されていたということもあってか、なかなかのヴィトナム贔屓でいらっしゃるようだ。
本書の主人公は、舞台照明家の大友健。シチリアで新作能の舞台照明の仕事を終え、帰国途中、初夏のロンドンで、一人息子をイギリスに留学に出している姉夫婦で姉夫婦と落ち合い、ベトナムについて話しあう場面からスタートする。大友健の姉は、大手建設会社に勤務する夫と共に、ハノイに住んでいた。間もなく日本に戻った大友健の下に、今度はヴェトナムのハノイで新作能の上演を行うので参加してほしいという思いがけない仕事の話が持ちこまれた。こうしてヴェトナムを訪れることになった大友健の前に、東京で出会ったことのある2人の女性が現れる。ファッションデザイナーの聖子とホーチミン市で日本料理店を営む日本料理店主の千尋だ。主人公の大友健は、結婚後もデパート勤務を続けていた妻を癌でなくし、小学生の娘とともに実家に両親と同居しているという中年の男やもめだが、大友健は、次第にこの2人の女性に心惹かれていく。大人の男女のしっくりとした恋の展開がどうなるかも本書の楽しみの一つだ。
聖子と千尋。聖子の方は、ホーチミンでのファッションショウでステージに登場し流暢なサイゴン弁のヴェトナム語で挨拶をするし、千尋についても、姉の影山明子から「ミス・サイゴンの孫よ」と謎めいた紹介のされ方をし、2人の女性とも、何やらヴェトナムとは深い関わりがあるようだ。彼女たちは、自らビジネスをバリバリとこなす軽やかな現代女性のようであるが、ストーリーが展開するにつれて、彼女達が背景に持つヴェトナム現代史の重い影が明らかになっていく。
聖子は、既に両親を亡くしていたが、高校の英語の先生をしていた日本人の父と、サイゴン政権の高級官僚の娘でヴェトナム戦争の最中に日本に留学していたヴェトナム人の母を持ち日本で生れた。1975年のサイゴン陥落ののちヴェトナムの祖父母は、船で国外へ逃れアメリカを目指す途中、海賊に殺されていた。一方、千尋の祖母は、仏印時代のヴェトナム人企業家の一人娘で、フランス高官が出席するフランス人の結婚式パーティに出席した両親が独立運動家のテロで両親が亡くなった。孤児となった千尋の祖母を、日本の特務班員で中国人に化けて昭和2年頃ヴェトナム入りしていた日本人の千尋の祖父が自分がヴェトナムを脱出する時、日本に連れ帰り昭和5年に結婚していた。
明治日本に学ぼうとした独立運動の指導者ファン・ボイ・チャウの東遊運動、日本軍の仏印進駐、1930年にホーチミンの創設したインドシナ共産党(今のヴェトナム共産党)を核とするヴェトナム独立同盟(ヴェトミン)による1945年の8月革命、1975年のサイゴン陥落、サイゴン政権の人々の国外脱出、ボートピープルの激増など、ヴェトナムの近・現代史のいろんなテーマが本書に盛り込まれているが、1995年の神戸震災の影響で見つかった千尋の祖父・梅本雄太郎が残していた昔のアルバム・手帳・日記・手紙・古本類の内容が大変興味深い。昭和初期のヴェトナム事情が伺い知れるだけでなく、ホイアンの日本人墓や「茶屋新六交趾国貿易渡海図」は16~17世紀の日越交流を示す貴重な史料だ。
歴史事情の紹介だけでなく、本書は、ホーチミン、ハノイ、ホイアンなど現代ベトナム各地で、日本からのいろんな日本人来訪者の目から見た、各ホテルやベトナム料理、人々の様子やホーチミンの統一会堂(旧大統領官邸)、ハノイの文廟、ホイアンの町並みなどの観光名所が登場する旅情緒に富む内容になっている。ハノイ駐在員夫人としての姉が、ベトナムの現代事情も含め、良きガイドになっている。
著者の意見と思える発言も、この主人公の姉を始めとして随所でそれぞれの登場人物の口から語られる。ホテルのレストランで罵詈雑言を吐く日本人団体客を見て、「日本人って、どうして東南アジアへ来るといばり散らすのかしら。ヨーロッパじゃ小さくなってるくせに・・」「嫌なのよ。自分の国の人が、この国の人を馬鹿にするのが・・」と口にする影山明子。「自分もその一人だが」と断ったうえで、「仕事や観光でこの国へやって来る日本人が、どれほど日本とヴェトナムの歴史的なかかわり合いに関心を持ち、過去の事実を正確に捕らえているものだろうか」と考える大友健。能の上演演出にからめ強引な日本人演出家に対し、「日本人が他の国に来て強引に自己の主張を通すのは、上手くいえないが、礼儀知らずみたいな気がしてね」と坂上プロデューサーなど、ヴェトナムを訪れる日本人が多くなってきた昨今、日本人のベトナムとの関わり方にも触れている。
『風よヴェトナム』という本書の題名の意味するところは、本書を手にした時からずっと気になっていたが、井川一久氏による文庫本掲載の解説の最後の文章が、この点について見事に言い表していると思い、そのまま引用したい。
”血と涙のヴェトナム史。波乱に満ちた日越交流史。その歴史が『風よヴェトナム』の秘められた主題なのだとしたら、これは相当に重い。だがヒロインたちは、その重さを抱えながら、平岩さんの軽やかな筆に乗って、男にまさる女の気構えというヴェトナムの伝統そのままに、どこまでも前向きに生きようとする。風のように、歴史を浄化する風のように。ヴェトナムの格言はいう、「過去を忘れず、されど怨まず」と。”
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