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「灼熱の戦場」
谷 恒生 著、 1988年5月、徳間文庫
ISBN4−19−568514−1
本書(文庫本)は、1988年5月に徳間文庫から刊行されているが、初出は、「小説推理」1980年7月・8月号に掲載され、1980年9月集英社より『一人っきりの戦場』の書名で刊行された。著者・谷恒生氏は、海洋冒険小説で1977年デビューし(デビュー作は『喜望峰』)、今ではいろんな分野を手掛けている著者であるが、タイ愛好者にとっては、『バンコク楽宮ホテル』(1981年11月、講談社より単行本刊行、その後1990年徳間文庫より文庫本刊行)が有名であるだろう。
この書のストーリー展開時代は、まさに初出の1980年で、本書そのものはタイ国内各地の国境近くの町を舞台とする長編冒険小説。 1968年から1973年にかけて日本の若者を魅了し、やがてアンゴラ解放人民運動に加わり、消息を絶ったという天才的映像作家・龍前耕作がタイに姿を現わしたという情報を得て、新進のルポライター・萩尾和之は東京からバンコクへ向かった。だが到着早々、パスポートを奪われ、タイの国境地帯各地に連れて行かれることになる萩尾は、麻薬と売春、難民の溢れる混迷するインドシナの渦に巻き込まれていく。
冒険小説とはいってもこの主人公は、タイ・インドシナに無知でそのうえ軽率・迂闊、思慮が足りなく臆病でだらしないと、全く格好良くはない。一時ニュージャーナリズムの旗手ともてはやされたこともあったが、スキャンダラスな記事で警視庁に呼び出され、軌道を踏み外してしまった若いルポライターであった。バンコク到着早々、タイ娘の娼婦に媚薬で骨抜きにされ、パスポートを含めかなりの財産を巻き上げられる。山根という一発屋ライターにバンコクの中国人街ヤワラーの「冷気茶室」に連れて行かれ、衝撃を受け、この魔街をしたたかに生き抜く自信がもてず、一人歩きさえおぼつかないと心細い限りであった。そんな主人公の前に容赦なく、次から次へと怪しげな人たちが現われ、危険な場面に遭遇していくことになる。
小説の舞台はバンコクからまずタイ南部のハジャイ、ソンクラ、ナコンシタマラートに移る。ここでマレー半島東岸のソンクラ一帯に漂着する財産を持って国を脱出したボートピープルのベトナム難民たちを海賊化したタイ漁民たちが襲い凌辱し、クラ島で地元民相手に売春行為を強いている凄惨な光景に、主人公の萩尾はまた強い衝撃を受ける。その後は溢れるカンボジア難民と彼らに群がる人たちでごったがえしのタイ東部の国境の町アランヤプラテートヘ。カオイダン難民キャンプの近くでは、麻薬運搬の道具に供されるという取引の「商品」にあ然としてしまう。タイ警察に追われることになった主人公・萩尾は、山根の手引きで、タイ北西部のビルマとの国境の町・メソットに逃げるが、ここでも罠にはめられ、絶体絶命の危機に追い込まれてしまう。最後は意外な展開が用意され、いろんな真相が明らかになる。
主人公のルポライター・萩尾和之がタイに向かうきっかけとなった龍前耕作という天才的映像作家だった男の消息も気になるところだ。彼は根城にしていた新宿から1973年春頃姿を消すが、消息を絶った理由は、連合赤軍事件の後遺症からなのか、パレスチナへ参加するためなのか、映像製作に自信を喪失したからかはわからぬが、その後ベイルートから動乱のアンゴラに潜入し、アゴスチニョ・ネトの率いるアンゴラ解放人民運動に加わったという消息が一旦入る。また1976年10月6日タイ国タマサート大学での銃撃戦に参加していたという噂も流れるが、その後再び消息を絶っていたが、タイ東北部ノンカイのラオス難民キャンプで見かけたという話が主人公の萩尾に入ることが、全ての始まりとなっている。山根という若者も、善人なのか詐欺師なのか極悪人なのか、正体不明のまま主人公と最後まで深く関わっていく。
尚、本書でメソットに在住する雑貨屋を営む日本人の老人が登場し、ビルマ戦線から脱走した旧日本兵という設定になっている。本書はあくまでエンターテイメント小説であり、面白おかしく怪しげに脚色するため、この老人がビルマ娘をたくさん囲い、色欲に溺れ、売春窟の経営の傍ら、麻薬、宝石などの密売を手掛けている。元ビルマ戦線に従事しビルマ人と結婚され、メソットで雑貨屋を営む旧日本兵の方が実在されるので、当たり前の話で問題ないとは思うが、一般読者はこの点を絶対現実とフィクションを混同しないよう、注意を喚起したい(特に姓が一文字同じであるため)。
また、本書に登場する南タイのクラ島であるが、南タイ・ソンクラの北のシャム湾に浮かぶ島であるが、実際にもタイの海賊に襲われたベトナム難民の人たちが暴行目当てに監禁されていた。クラ島のベトナム難民救援については、日本のNGO団体・日本国際ボランティアセンター(JVC)も関わっており、このことについてはJVCの活動記録を著した『NGOの挑戦』(上・下)(めこん発行、1990年、JVC「NGOの挑戦」編集委員会編」にも記されている。クラ島については、今年(2001年)初から、日本テレビ系の「電波少年」の電波少年的15少女漂流記」と題した番組が放映されたが、15人のタレント少女が孤島の無人島でサバイバル生活をするという設定の同番組は、このクラ島が舞台であったとされており、今年3月には地元ナコンシータマラート県住民が、環境破壊や「日本人は住民や漁師の島への立ち入りを制限しており、ポルノ映画を撮影しているのではないか」という情報が飛び交い、住民が県庁に苦情を申し出る騒ぎが起こっている。
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