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「東京ーバンコク 生首殺人事件」
和久峻三 著、 1994年7月、廣済堂文庫
ISBN4−331−60416−0
(この作品は1986年11月、角川書店より「山田長政の秘宝
シャム日本人町の超人」として刊行されたものを改題し、文庫化したもの)
『仮面法廷』(1972年)で江戸川乱歩賞を受賞し、赤かぶ検事シリーズをはじめ、さまざまな法廷推理小説で著名な弁護士出身の作家・和久峻三氏による長編伝奇ミステリー。法学部生であった私は、大教室での法律講義よりも和久峻三氏の作品にはまり、学生時代最も本を読んだ作家の1人であるが、本書のように、アジアを舞台とし、アユタヤ朝や山田長政、自由タイ運動、ナシ族やトンパ文字などメコン圏の歴史や文化事象を盛り込んだ作品も手がけているとはちょっと意外であった。
本書はタイトルに「東京ーバンコク 生首殺人事件」とあり、静岡郊外の里の旧家の土蔵とか、荒縄のかかった茶箱に入った惨たらしい人間の生首とかが登場しなにやらおどおどしいが、他にも誘拐ものの趣向に、暗号めいたトリック的な興味、宝探しのサスペンスと多彩な要素が盛り込まれた長編推理小説。本書の舞台については、タイトルには「東京ーバンコク」とはあるものの東京やバンコクは関係なく、主舞台は山田長政の出生地とされる静岡県(有力説)であり、山田長政と関係の深いタイ中央部のアユタヤやタイ南部のナコンシタマラート(六昆)だ。特に静岡県については、、静岡郊外の旧宿場町・丸子の里を始め、静岡市・清水市の観光名所を中心に事件が展開し、当地への旅をもそそられる。
駿府大学日本史学科4年生で名古屋の開業医の娘の横井江里子が失踪したことから、本書のストーリーは始まる。ルームメイトで同級生の高塚喜代美と、江里子の婚約者で同じ大学の日本史学科大学院生の村松順一が心配しているところへ誘拐犯から電話がかかってきた。犯人の要求どおりに高塚貴代美の従姉妹の秋浜雅子の家の旧い土蔵に忍び込み、茶箱を盗んだ2人は、貴代美のマンションに戻り箱の中身が2つの生首であることに驚く。しかし生首も茶箱ごと誘拐犯に持ち去られ、再度秋浜家の新しい土蔵から金箔をほどこした小箱を盗み出すよう誘拐犯から連絡を受ける。この事件の裏には、正倉院の宝物である青斑石鼈合子(せいはんせきのべつごうす)に似せて作った小箱に刻まれていた謎の象形文字と山田長政の秘宝が絡んでいた・・・。
生首や謎の象形文字が刻まれた合子(ごうす)が土蔵から発見される旧家の秋浜家は、先祖代々の広大な茶畑を所有する資産家。この旧家の屋敷には、高塚貴代美の従姉妹にあたる高校3年生の秋浜雅子と、祖母の千代しか住んでおらず、離れ家に秋浜家の雑用をしている年寄りの野口夫婦が住んでいる。雅子の両親は製茶業を営み、本社と工場がある焼津市に離れて住んでいた。この秋浜家に関わる人物はなにかいわくありげだ。高校3年生の雅子は、第2次大戦中の昭和17年1月に発行された紙芝居「リゴール総督・山田長政」を読むなど、普通の女の子とは異なり、どこか、変わったところのある少女。雅子の祖父の保典は、5年前に71歳で亡くなっているが、東京の大学で 法律を勉強し裁判官に任官した直後に陸軍に志願し第2次大戦中、法務中佐としてタイ国に駐留していた。秋浜家の下男の野口政吉もバンコクにおける自由タイのメンバーの動向を調査するという特別任務を受け持っていたこともある元憲兵という経歴だ。
秋浜家の土蔵にあった亀の形をした金箔の小箱に刻まれていた象形文字は、中国雲南省の北西部に住むナシ族(”黒い人”の意味。本書では他称としての”モソ族”とされている)のトンパ文字(本書では”モソ文字”と書かれている)であることは、やがて解読できるが、その意味するところは、本書の最後で明らかにされる。トンパ文字は、この7文字以外にも、高塚貴代美がナコン・シータマラートの安宿で、眠っている間に、左の腕に死を意味するトンパ文字がフェルトペンで書かれ、村松の旅行バックにも同じ文字がしるされるなど、トンパ文字がミステリアスな雰囲気をかもし出すことに使われているのも、興味ぶかい。
また、山田長政の史実については、戦時臭が強く脚色された物語風の紙芝居『リゴール総督・山田長政』を詳細に引用し、個別に解説している。山田長政ゆかりの地であるアユタヤやナコン・シータマラートも、主人公の高塚貴代美と村松順一が事件の謎を追うために訪れている。そして山田長政が1630年に死を迎えた、かつてリゴール(六昆)と呼ばれた南タイのナコンシタマラートに、事件の鍵となる第2次世界大戦時の出来事が起こっていた。
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