メコン圏を舞台とする小説   第16回   

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 著者

中津 文彦

(なかつ・ふみひこ) 

 

1941年、岩手県一関市生まれ。

一関一高、学習院大学卒。

岩手日報社で新聞記者を務める。

1982年(昭和57年)「黄金流砂」で第28回江戸川乱歩賞受賞。同年末退社し創作活動に専念。1985年(昭和60年)、「七人の共犯者」で第12回角川小説賞を受賞。

  

関連テーマ

 

●ラマ8世暗殺事件

●ジム・トンプソンの失踪事件

●ピブーンとプリディー

 

◆カンボジア/ソン・サン派、シアヌーク派

◆タイの地場銀行と財閥グループ

◆1973年10月の学生革命タノム首相10月14日の学生・市民と警察間の衝突タマサート大のサンヤー学長

◆1932年の立憲革命と後の政局

  プラチャー王、

  アーナンダ親王

  ピブーン

  摂政会議、プリディー

1947年11月クーデター

1949年2月26日クーデター

◆パタヤ・ビーチとベトナム戦争

◆ピブーンを擁立した変政団

◆サリット将軍を擁立した革命団

ストーリー展開時代

 

・明記無し(現代)

 1980年代後半と推定

 

ストーリー展開場所

 

・タイ(バンコク、パタヤ)

 

主な登場人物たち

 

・瀬戸竜一郎(フリーのカメラマン)

・原田武志(瀬戸の従兄。バンコクに単身赴任中の商社マン)

・原田京子(武志の妻)

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・若林滋(原田の上司。サイアム・オオクラカンパニーの副社長)

・安倍川収(東亜銀行バンコク支店次長。原田と中学、高校の同級生)

・丸山(富士化成バンコク支店長)

・小野(東洋海上火災バンコク駐在員)

・蔵島浩平(東朝新聞バンコク支局長)

・湊義朗(邦字週刊新聞の記者)

ーーーーーーーーーー・ナムターン(原田の運転手)

・ジョイ(原田のマンションのフロント係)

・ランプィ・チッターン (聖マリア病院の看護婦)

・スィニー・スックラン

(ランブィと同郷の友人)

・チャ・ニダー(アムヌイの秘書)

・ロイ(蔵島の補助員)

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・ソンリィアン・マイソンブン

 (タイ財界の大物)

・サムリット・ミーパンミイ

 (スクンビットにあるクラブ「オーシャン」のママ。インド系の美人)

・アムヌイ・チャンパサート

 (ソンリィアンの甥。タクシン商業銀行のオーナー)

・ルーシン(陸軍参謀長)

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・陳開明(スチィ・チォアターン)華僑財閥の一つを率いるカナ「新政団」のボス。華僑の2世) ソンタム銀行のオーナー)

・オロアン・ワナラップ(第一歩兵師団率いるタイ陸軍中将。カナ「新政団」の幹部)

・アナン・ローロィトック

  (野党党首。下院議員)

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・イム・コーマン

 (ソンポーン首相を支えるカナ「国政刷新団」のボス。華僑財閥の一つ中央産業銀行のオーナー)

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・ガーモン・クネィン(タイ国王暗殺事件の秘密を握っている老人)

   

     

  

   

            「バンコク狙撃指令」 

        

    中津文彦 著、 1991年1月角川書店

    ISBN4-04-776807-3

   

 この作品は「野性時代」(1990年1月号~3月号)に

 「バンコクの狙撃者」のタイトルで掲載されたもの   

  

 ●作者のことば

   第2次大戦の直後に若きタイ国王が謎の死を遂げた事件に

   ついて、タイの人々は今なお多くを語りたがらない。現国王は

   その弟君であり、事件がまだ完全には風化していないから

   なのだろう。

   それから21年後に、有名なジム・トンプソンの失踪事件が

   起きた。2つの事件を結びつける歴史の糸をたぐりながら、

   タイ版歴史ミステリーのつもりで私は書いてみた。

 

 本書は、平安末期、平泉の終焉をテーマとした「黄金流砂」で第28回江戸川乱歩賞を受賞し、その後も数多くの歴史ミステリー小説を発表している中津文彦氏による作品。日本歴史を題材とする作品が多いが、本書はバンコクを舞台に描くサスペンス巨編。

 

 主人公の瀬戸竜一郎は、外語大に入るが2年足らずで中退し、その後世界中を歩き回りシャッターを押しつづけてきた36歳のフリーカメラマン。瀬戸は、アフリカに向かう途中、6年ぶりに訪れたバンコクで、兄とも慕う従兄・原田武志と再会するが、バンコクに単身赴任中の商社マン・原田のマンション玄関で、瀬戸竜一郎の眼前、原田はプロの暗殺者に狙撃され植物人間と化してしまう。

 

 犯罪など珍しくもない街で、おざなりな捜査の後、事件は迷宮入りし、瀬戸は、東朝新聞バンコク支局長の蔵島とともに、調査をはじめ事件を追うが、何者かによる原田のマンションの部屋の物色、妖艶なインド系美女の甘い誘い、原田にタイ語を教えていた看護婦の殺害、そして、瀬戸や蔵島への襲撃と、「敵」も次々と動きを見せてくる。こうして日本人商社マン狙撃事件の背後には、タイ政権を争う集団同士の激しい争いという大きなものがうごめいていることが次第にわかっていく。

 

 港湾建設の不法入札の疑いで工業相が、高速道路の建設資金横領の疑いで交通相が、宗教局高官の汚職を黙認していたとする職務怠慢の疑いと、タイ下院で3人の大臣の不信任案が提出されたばかりであったが、更に現政権の転覆を図るある集団が、現政権の軍司令官と内相のスキャンダルを暴露しようとしていた。CIAからタイを通じてカンボジアの非共産勢力であるソン・サン派とシアヌーク派に流れるはずの秘密援助資金の横領スキャンダルだ。

 

 財閥のボスを中心に、政界、軍部、高級官僚、マスコミ人などまで多数の権力者が結束し、タイの政権を狙う集団、派閥(”カナ”)の飽くなき野望と繰り広げられる闇の闘いが描かれるが、驚くべき事に、1946年6月9日のラマ8世国王暗殺事件の秘密という重大な問題が更に絡んでいた。

 

 20代の頃にバンコクにやってきて、様々な商売に手を出し、10年ほど前から邦字週刊新聞の記者をしている在タイ30年以上の湊という、タイの国情や政、財界の内情に精通している男が登場する。この男による蔵島や瀬戸への提供情報や解説講義は、1973年10月の学生革命、第2次世界大戦前後のタイ政情など、読者がタイの現代史を理解するのに役に立つ。また東朝新聞バンコク支局長の蔵島がバンコクに赴任が決まったときに先輩に勧められて読んだという設定で、『タイ入門』(田中忠治・東京外国語大学教授著)の本が紹介され、この本から、”ナーイ””リアン””サヌック”とタイ支配階層の持つ3つの価値観について説明が為されている。

 

 こうしたタイの現代史の流れとタイの政治構造への理解が深まるだけでなく、ゴルフやタニヤ、スクンビットの日本人クラブに出入りし人間関係を作っているバンコクでの日本人企業駐在員の生態と、その生活や仕事ぶりから、バンコクの街やタイ人の様子、日本の銀行の支店オフィスの様子なども、本書ではなかなか良く映し出されている。

 

 尚、本書の発刊直後の翌月、1991年2月23日、タイでスチンダー陸軍司令官が実質リーダーとなる「国家平和秩序維持団」がクーデターを起こし、チャートチャーイ政権が覆されている。

 

        

               本書の目次

 

       第1章   狙撃された商社マン

       第2章   残されたノート

       第3章   クーデターの構図

       第4章   消された看護婦

       第5章   牙をむく敵

       第6章   国王暗殺の謎

       エピローグ