メコン圏を舞台とする小説  第19回

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 著者

 嵐山 光三郎

 (あらしやま・こうざぶろう) 

 

1942年、静岡県浜松市生まれ。

1965年、国学院大学国文科卒業。平凡社に入社し、『別冊太陽』編集長、『太陽』編集長を経て退職、作家活動に入り、小説、エッセイ、評論を手がける。

1988年「素人包丁記」で第4回講談社エッセイ賞を受賞。1998年「文人悪食」で第19回日本雑学大賞を受賞。2000年「芭蕉の誘惑」により第9回JTB紀行文学大賞受賞。

 

嵐山光三郎公式ホームページ

 「来たれ!中高年!

 不良中年育成計画」


関連テーマ

 

三井物産ヴィエンチャン事務所長拉致事件

 (1989年3月1日発生)

●オリエンタルホテル(The Oriental Bangkok)

 

●バンコク日本人会と

バンコクの日本人社会

 

・ルンピ二スタジアムとタイ式ボクシング

・サマセット・モーム

・ジム・トンプソン

・映画「王様と私」とユル・ブリンナー

・トン・ソー(菩提樹の実)

タイの新婚邦人襲撃事件

・ミャンマーでのクーデター

    (1988年9月)

・ミャンマーからのヘロイン流出

・麻薬王クン・サとミャンマー政府との

 密約情報

ストーリー展開時代

 
1989年
ストーリー展開場所

  

タイ・バンコク

  ルンピニ・スタジアム、

  デュシタニホテル、日本人会館

  ジムトンプソンの家、シェラトンホテル

  シャングリラホテル、

  ワット・トライミット(「暁の寺院」)

  フランス料理店「ノルマンディ」

  パッポン通り、ラマ4世通り、

  サイアムスクエア、国立競技場

  建興酒家、オリエンタル・プラザ

 

・東京

  石神井、赤坂4丁目、赤坂3丁目

  西武新宿線、新宿、所沢、

  高田馬場駅、新青梅街道、



主な登場人物たち

 

 

・峰岸拓郎【バッタ】(主人公、45歳)

・峰岸聖子(拓郎の妻、38歳)

・峰岸慎一(拓郎の中学生の一人息子)

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・高杉タエコ【ダリヤ】(34歳の女性)

  (夫が商事会社のバンコク支店長)

・【キリン】(在バンコクの旅行代理店

  ツアーコンダクター。32歳女性)

・山藤久美子【ホタル】

  (高輪技研バンコク支店長夫人)

・山藤実(高輪技研バンコク支店長44歳)

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・奥村弥生(主人公の昔の恋人)

  テレビ制作プロダクションに勤める

  タイムキーパー。28歳の人妻

・奥村良之(37歳、奥村弥生の夫)

  (化学工業研究所の主任)

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・松井大伍

  (現地採用の在タイ日本大使館員)

・【札宮(ふだのみや)】

  (自称学習院卒で礼宮殿下のご学

  友ということで通っている若い男)

・【ナマハゲ】(徳大寺元麿)

・雪村みちこ

   (ホテルのセールスマネージャー)

・吉増岩雄(日本の暴力団員)

・アナン(トンブリ警察署長)


 

     

            「蘭の皮膜」 

        

     嵐山光三郎 著、文藝春秋

    1993年7月ISBN4-16-314110-3

   

  

 


  「蘭の皮膜」は、小説、エッセイ、評論など幅広い分野で活躍し、最近では、50歳からの「不良中年化」を提唱している事でも話題の嵐山光三郎氏によるタイを舞台とした恋愛小説で、初出は、小説新潮平成元年(1989年)8月号。原題は「真剣な恋」であったが、「蘭の皮膜」と改題し、小説新潮、オール讀物に初出された他5編とあわせ、1993年に6編の恋愛小説を収める1冊の本『蘭の皮膜』が刊行された。嵐山光三郎氏は、旅好きでも知られているが、ガイド書「世界一等旅行・タイ」でもタイ通人(つう)として邱永漢氏、カノミタカコ氏との3者でのタイについての対談を行なっている。

 

 本書「蘭の皮膜」の主人公・峰岸拓郎は、バッタの名で通っている、45歳の民間テレビ放送局の高給プロデューサー。2ヶ月の休暇をとって、キリンと呼ばれる知りあいのタイ在住8年、旅行代理店ツアーコンダクターの日本人独身女性が住むタイにやってきていた。作品は、この主人公が、長期宿泊滞在中のチャオプラヤ河畔にある最高級ホテルのオリエンタルホテル(但し本書でホテル名の特定名の記載は無し)旧館で、知り合いの女性から紹介されたダリヤと呼ばれる34歳の商事会社バンコク支店長夫人・高杉タエコと関係を持った後のシーンから始まる。その日は1989年3月4日朝という設定だ。

 

 峰岸拓郎は、東京・石神井に自宅があるが、妻・聖子との別居生活が2年続いており、中学2年生のひとり息子・慎一とも離れ、赤坂の賃貸マンションで一人暮らしをしている。1ヶ月前、発令された仕事上での異動の辞令に不満で、2ヶ月の休暇をとってタイのどんよりとした時間の中で、いきづまった自分の日常から逃れ、それまでの自分をみつめなおそうとバンコクに来ていた。

 

 ダリヤは、峰岸拓郎と関係を持ったその日の夜、シェラトンホテルを出てタクシーをつかまえようと道路を横断したところをタクシーにはねられ即死してしまう。が、峰岸拓郎には、キリンに連れて行ってもらったバンコク日本人会のパーティで出会ったホテルと呼ばれる高輪技研バンコク支店長夫人との新たな恋が展開しそうであった。キリンは、髪の長い控えめな性格で、派手なダリヤとは対照的な地味な女性で、ジム・トンプソンの家の近くの椰子の木が生い茂る豪壮な自宅の庭園でタイホテルを飼育していた。しかし、バンコクでの長期滞在中も、日本からは、息子・慎一のデパートでの万引き事件のことで妻・聖子から国際電話がきたり、元・恋人の28歳の奥村弥生から離婚問題で悩みの手紙が届いたりした。

 

 本書前半で起こるこれらの事が、後半から最終章にかけ、どのようなストーリー展開になっていくのか、また小説のラストでは2ヶ月に及ぶバンコク滞在を終えて帰国した初日に、鮮烈な太陽と熱暑の雑踏に惑わされた虚構の夢の中での幻視から覚める主人公・峰岸拓郎の前に、果たしてどんな現実が現れるのか、なかなか楽しめる内容になっている。

 

 恋愛や家庭問題にからんでくる女性だけでなく、男性にも面白いバンコク在住日本人が登場する。自分を皇室出身者だと思い、トンブリの左(隠語、そこには精神病院があった)で治療を受けているというチュラロンコーン大学の留学生の自称学習院大卒で礼宮(あやのみや)殿下の御学友ということで通っているという札宮(ふだのみや)もユニークであるが、圧巻は徳大寺元麿(ナマハゲ)という初老の男だ。名刺には日泰音楽文化交流協会会長、山岳麻薬集団犯罪防止協会顧問という肩書きがあるものの、その正体はとんでもない詐欺師で、拳銃の密売話にからんで日本の暴力団をだますやり方は、タイの警察もグルとなってのなかなか素晴らしい手口であり笑える芝居でもある。このナマハゲという人物とは、峰岸拓郎は最後までかかわってしまう。

 

 本書では、1989年3月1日に発生した実在の事件・三井物産ヴィエンチャン事務所長拉致誘拐事件を大きく借用している。キリンの夫である山藤実・高輪技研ヴィエンチャン駐在支店長兼バンコク支店長が、ヴィエンチャンで拉致誘拐されるも、犯人組はラオス国境近くで射殺され山藤実は無事救出されたが、日本の報道陣始め連日大騒ぎとなったという設定で描かれている。あくまでフィクションであるが、実在の事件を借用しているのは明白なので、どういった点が、実在事件と異なるかは、誤解を避けるためにもわかる範囲で把握しておきたい。

 

 「蘭の皮膜」とか「蘭の油膜」といった言葉が、本書では何ヶ所もいろんな情景や感情の表現に使われているので、この表現の使われ方を味わってみるのも、楽しい。また、小説のストーリーが、バンブー・バー、フランス料理店ノルマンディ、リバーサイドテラス等オリエンタルホテル内をはじめ、バンコク市内各地の場所で展開されるので、旅好きの人やバンコク在住の人にとっても親しめる小説となっている。