メコン圏を舞台とする小説  第36回

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 著者紹介

水上 勉

(みずかみ・つとむ)

 

1919年3月8日、福井県に生まれる。作家。1961年『雁の寺』で直木賞を受賞。その後も『飢餓海峡』『五番町夕霧楼』『越後つついし親不知』、『越前武人形』と、数多くの作品を発表した。 2004年9月8日、肺炎のため死去。 85歳。

 

 <本書の著者紹介より>

 

関連テーマ

 

●じゃぱゆきさん

ストーリー展開時代

 

・1991年初夏~1993年冬(1993年の冷夏と平成凶作

 

ストーリー展開場所

 

長野県

  北御牧村、佐久、

 

主な登場人物たち

 

・ヒガシ・マサゾウ

 (<センセイ>と呼ばれる主人公)

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・作市(佐久に住む大工)

・小寺源吉 (佐久町の余地という集落に住む76歳の左官職人)

・緑川誠

 (北御牧開発公社の管理課職員)

・小宮山明(植木屋)

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・ヒデコと呼ばれるタイ人女性(本名モンの18歳女性)

・カスミと呼ばれるタイ人女性 (ヒデコの友達でチェンマイ近くの村から来ている)

・カオルと呼ばれるタイ人女性(バンコクに子どもと夫を置いて単身入国し、「南十字星」で働くタイ人女性。本名カンティ・アシタット)

・サチコ、サユリ、ユリコと呼ばれるタイ人女性(「あやめ」で働くタイ人女性)

・「あやめ」のママ(タイ人女性)

・メグミと呼ばれるタイ人女性

・ローラと呼ばれるタイ人女性

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・50年輩のタクシーの運転手

・「あやめ」の3人客

・「あやめ」の若者の客

・井戸掘りの探査班の男たち

・ケイコ(若狭の村で竹紙を漉く)

・サメジマ組の60男

・電気工事人

・三枝光三(小寺の隣家)

・柳原(役場の市民課主任の女性)

・依田銀蔵(設備屋)

・小寺和夫(源吉の長男で、千葉県在住)

・小寺つる子(小寺和夫の妻)

・澄子(小寺の娘)

・来間房蔵(小寺源吉の左官仲間)

・桑田チカ(看護婦)

・小口定三(泌尿器科の医者)

・「楡」のおかみ

・兼吉(房蔵の左官仲間)

・三谷秀三(作市の仕事仲間)

・バー「プレジデント」で働くフィリピン人やタイ人女性たち

 

 

     

    「花畑」 

        

    水上 勉 著、

    2005年2月、講談社

    ISBN4-06-212692-3

 

     

 

 

   (本書は、「群像」1993年3月号から1994年5月号まで連載された作品を単行本としてまとめたもの)

 

 

 本書は、作品の初出そのものは、「群像」1993年3月号から1994年5月号まで連載されたものだが、著者の水上勉氏は、2004年9月8日肺炎のため長野県東御市の仕事場にて享年85歳で亡くなられ、その直後の2005年2月に講談社から単行本としてまとめられ刊行された遺作。小説の舞台は長野県だが、出稼ぎのために日本へ働きに来たタイ人女性たちが登場し、彼女達が小説の中で重要な役割を担っている。

 

 主人公は、療養のために長野の山間の村・北御牧村へと移り住むことになった<センセイ>と呼ばれる73歳の老人。この主人公は、北京を旅行中、天安門事件に遭遇し、騒動の始終を見てしまったことから体調を崩し、帰国してから2時間後に心不全になって、臨死状態で46日も救急病院の収集治療室にいたが、運よく生還できて、その後病院生活を送っていたが、退院して長野の村に移り住んできた主人公が、地元の老人たちや出稼ぎのために日本へと来たタイ人女性たちと知合いになる。

 

 この主人公は、著者と等身大の人物で、作家・水上勉氏は、1989年6月、天安門事件に遭遇して、心筋梗塞で倒れ、京都での入院生活の後、1991年に、長野県北佐久郡北御牧村勘六山に移り住まれている。この北佐久郡北御牧村も、2004年(平成16年)4月1日、小県郡東部町と合併して、長野県東御市となり、水上勉氏は、2004年9月8日肺炎のため長野県東御市の仕事場にて亡くなられている。

 

 主人公の老人が移り住んだ地方で暮らす老人男性たちやタイ人女性たちに対する、一度死にかけ療養を続ける主人公の視線はやさしく暖かだ。また、病、死、生のぬくもり、生気、華やぎ、寂しさといったものが、全編を通じ深く感じられる。主人公は山の上の母屋の先の空地を花畑にしようとしていたのだが、まるで地方の山間の村で「めぐりあった」異国の娘たちは、花畑の花のようでもあったのであろうか?本書冒頭にはこんな一節がある。

 ”めぐりあった、という思いは、心筋梗塞で一ど死にかけて以来、人間に出あうたびに生じる感慨だった。死んでしまえば、旧知も新顔もありはしなかった。この世のどんな人とも出会うはずはないのだから、1万人にひとりに生還といわれて、蘇生してみると、見舞ってくれる旧友などの顔も、はじめてあったように新鮮でうれしかった。ヒデコのような異国の娘はまた格別で、生き返ってこそのめぐりあいという思いがつよくしたものだ。”

 

 本書の登場人物では、主人公より3歳年上の老人でありながらいまだ現役の左官職人の小寺源吉という老妻に先立たれてひとり暮らし老人が異彩を放っている。小柄で筋肉質で足さばきも若々しく、肉体関係はなくもタイの若い女性たちとつきあっているが、タイ人女性達とのコミュニケーションについて主人公に問われると、「やっぱりコメ喰って貧乏してきた仲間だしね。通じることは通じるんですよ」と、ユニークな答え方をしている。更に、この小寺という老人は、役場の人から、不法滞在の娘を家に住まわせるには入国管理局の許可がいる、まるであの娘らは鳥みたいに尻がかるいといわれたことから、人間が鳥の子なら、巣箱をつくってあげるかのように、自分の屋敷にある木を使ってタイ人女性達の為に宙吊りの家を造ってあげたりしている。

 

 出稼ぎに来る境遇、出稼ぎにくるシステム、日本での労働や生活、不法滞在と強制送還などから異国での孤独感など、日本に出稼ぎに来ているタイ人女性たちが抱える様々な現実の問題についても描かれている。尚、本書では、大工の作市の住む佐久市の中心地といえる千曲川に沿うた中駒町が繁華街で、タイ人女性のヒデコ、カスミたちが働くクラブ「あやめ」などがある町として登場してくるが、これは佐久市の中込をモデルとしていると思われる。長野県佐久市は、「ジャパゆきさんが泳ぎに来る県営プールに行くと性病がうつる」というデマが市内各地で広まり流言パニックが1984年夏に起こった佐久「性病・プール」事件の舞台となった土地でもある。

 

 本書ではストーリーの書き出しで、<センセイ>と呼ばれる主人公が、ヒデコというタイ人女性に出会った場面で、「むろん、私(「センセイ」と呼ばれる主人公)は、佐久市の住む佐久市の中心地といえる千曲川に沿うた中駒町や、私の住む北御牧村に近い小諸市などの料飲店や、スナック、キャバレエには、東南アジアや台湾女性が働いている噂はきいていた。それは病気以前からだったけれど、その頃は軽井沢に夏だけすごし、仕事も忙しかったので、佐久や小諸へ足をのばすことは殆どなかった。」と記している。