メコン圏を舞台とする小説  第38回

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著者紹介

船戸与一(ふなど・よいち)

 

1944年、下関市生まれ。早稲田大学法学部卒。在学中より探検部に所属する。

1979年「非合法員」でデビュー。 1985年「山猫の夏」で吉川英治文学新人賞を、1989年「伝説なき地」で日本推理作家協会賞を、1992年「砂のクロニクル」で山本周五郎賞を、2000年「虹の谷の五月」で直木賞をそれぞれ受賞。

 

関連テーマ

 

●カンボジアの人身売買

●人民党政府とクメールルージュ

●自衛隊のカンボジアPKO

●カンボジアの地雷

 

ストーリー展開時代   

 

・2001年 乾季

 

ストーリー展開場所

 

カンボジア

 プノンペン、バッタンバン、シソポン、シェムリアップ、ポイペト、パイリン

 

タイ

 アランヤプラテート

 

主な登場人物たち

 

・越路修介(39歳。元自衛官、最終階級は3等陸尉)

・楢本辰次(39歳。自衛官、朝霞駐屯地警務隊の班長)

・ヌオン・ロタ (34歳、高校の英語教師)

・春美(越路修介の妻)

・直樹(越路修介と春美の子ども)

・早坂正敏(東京・芝浦の陸上自衛隊警務隊本部の警務隊長)

・ソラ(ヌオン・ロタの妻)

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・グエン・ドン・ザン

 (ベトナムからカンボジアに来た元政治顧問で、プノンペンの売春窟のボス)

・グエン・ドン・ザンのベトナム人執事

・ホテル・エンジェルの支配人(華人)

・チャン(ホテル・エンジェルの中年の女秘書。華人)

・タイ料理店「ピーナイ」の給仕たち

・ハンス(ドイツ出身の拘置者)

・白石正紀(プノンペンで料理店「小倉」経営)

・田丸牧子

 (シェムリアップで「毘沙門」経営)

・根津正夫

 (シェムリアップでカラオケクラブ「コンハー」経営)

・国際協力事業団でトンレサップ湖の水質調査をやっている日本人

・ケオ・モア(根津正夫の妻)

・マルティン(スイス出身の拘置者)

・シェムリアップ市警の私服刑事

・ウーン・ヤウ(僧侶)

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・チア・サミン

 (カンボジア王国陸軍大尉。39歳 サソン村長)

・ポナリ(チア・サミンの妻)

・チリト(チアの8歳の長女)

・ポク(チアの5歳の長男)

・パタ(チアの3歳の次男)

・ロト・ヌル(サソン村人)

・フー・タル(サソン村の27歳兵士)

・ソム・ケン(サソン村の兵士)

・トク・アン(サソン村の兵士)

・ボト・サムシ(サソン村人)

・チエン(ボト・サムシの妻)

・シソプ・ラオ(サソン村の若者)ガエ・

・ガエ・ボロン(僧侶)

・コム・ミン少佐(スレノイ駐屯地隊長)

・ラト・キリ(ムロイン村長)

・モヌ・ケオ(タクキル村長)

・ナム・モイ(タクキル村の駐在警官)

・サロン・ムン(ムロイン村人)

・ノク(サロン・ムンの息子)

・ナン・カオ

  (プレビハール州ミラボン村長)

・ミオン(ナン・カオの妻)

・シトリ(ナン・カオの娘)

・スオン・シル

  (コンポントム州パンナイ村長)

・ポイ・キアット中尉(スレノイ駐屯地)

・タ・モク(実在人物:

  クメール・ルージュ南西部司令官   ⇒1999年3月、カンボジア王国陸軍により逮捕される。)

・ケ・セン(カンボジア人民党軍の西部地区司令官)

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・丹波明和(カンボジア子供塾主宰)

・トマン・ノア(カンボジア子供塾で働く17歳のクメール人少女)

・ポカ・チオン

 (シアヌーク時代、教育省の役人でカンボジア子供塾の共鳴者)

・プオイ(ポカの妻)

・モカ・タキム(ボディガード)

・スル・ラシ(ボディガード)

・高橋信之(日本人ボランティア若者)

・宮脇洋治(日本人ボランティア若者)

・蜂谷一郎(日本人ボランティア若者)

・木幡裕生(日本人ボランティア若者)

・高橋信之の両親

・タム・マイ(人買い女)

・モク・ニン(スパイ小学校校長)

・カオ・ヨム

・カオ・トコム(ヨムの夫)

・ミリ(カオ・ヨムの14歳の娘)

・モニ(カオ・ヨムの5歳の末の娘

・ソマ・ラトウ(ポイペト市警私服刑事)

・チャイ・ムラン(ポイペト市警署長)

・伊達安春(日本大使館参事官)

・宮里信哲(静岡の曹洞宗僧侶)

・鏡島隆元(静岡の曹洞宗僧侶)

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・ノラム・テン

 (元クメールルージュゲリラ)

・アラ(ノラム・テンの妻)

・ムランとモラ(ノラム・テンの子供)

・住友昭人

 (週刊コンフィデンシャルの専属記者)

・カジノ・ダイアモンドパレスのフロント係

・ルオ・モク(象の飼育をする老人)

・タイの盗掘品密売業者(華人)

・タイ王国陸軍第二歩兵連隊

 第9大隊(通称・黒シャツ部隊)兵士

・ムハンマド・ビンディン(チャム族)

・ソム・ソル

 (元クメール・ルージュ・ゲリラ)

・ナン・ナイ

 (元クメール・ルージュ・ゲリラ)

・ジェラール・コクトー

 (カンボジア生まれカンボジア育ちのフランス人)

・ヨン・ランシ少佐

 (カンボジア王国陸軍プノンペン本部第三師団第五中隊指揮官)

 

  

     

    「夢は荒れ地を」 

        

    船戸与一 著、

    2003年6月、文藝春秋

   

 

     

 

 

       初出:「週刊文春」2001年10月15日号~2003年4月24日号

 

 本書『夢は荒れ地を』は、早稲田大学探検部出身で、1979年「非合法員」(講談社)で作家デビューし、2000年「虹の谷の五月」で第123回直木賞を受賞し、外浦吾朗の筆名でゴルゴ13の一部作品の劇画原作者でもある船戸与一氏による作品。2001年のカンボジアを舞台としたハードボイルド長編小説で、週刊文春2001年10月から2003年4月にかけて長期連載された。本書『夢は荒れ地を』は、第22回(2003年)日本冒険小説協会大賞受賞作。(尚、船戸与一作品は、「山猫の夏」は第3回(1984年)、「猛き箱舟」は第6回(1987年)、「伝説なき地」は第7回(1988年)、「砂のクロニクル」は第10回(1991年)、「蝦夷地別件」は第14回(1995年)の日本冒険小説協会大賞を受賞)

 

 ストーリーは、現職自衛官・警務隊所属で39歳の楢本辰次が、1ヶ月の長期有給休暇をとりプノンペンに来て、カンボジア人の通訳と車の手配をして、自衛隊同期で一番親しかった越路修介を探し出すことから始まる。越路修介は、8年前のPKOでカンボジアに来てタケオで道路建設に当たっていたが、撤収時に駐屯地で現地除隊しカンボジアに居残り、その後所在不明となっていた。越路修介は、妻子を置いて突然連絡がなくなり、8年間何の連絡もなかった。

 

 1ヶ月前に越路らしき日本人をプノンペンで見かけたという情報を、旅行社に勤めている従兄から得ていた楢本は、ある個人的な理由からカンボジアに来て越路修介を探し始めるが、いろいろと危険な目に遭いながら、カンボジア社会の様々な問題に触れていく。楢本がカンボジアで探し出そうとする越路修介とは、どんな男なのか、彼はクメールの大地でいったい何を見、何を考え、何をしていて、今後は何をしようとしているのかは、次第に明らかになっていくが、越路修介は、このハードボイルド小説の中での一番の主人公といっていい登場人物だけに、この点は本書の読みどころの一つであろう。

 

長編の本書前半では、楢本辰次がカンボジア人の通訳兼ドライバーのヌオン・ロタとともに越路修介を探し求める話の展開とは別に、他に越路修介や楢本辰次と同じ39歳の元クメール・ルージュのゲリラであったチア・サミンと、以前バンコクでNGO活動に従事していてカンボジアに来て8年近く経つ丹波明和という2人の主要人物が登場し、それぞれの視点から別々のストーリーが展開していく。チア・サミンは1997年政府に投降し、シェムリアップ州のほぼ中央にあるクレーン山の麓で村長として新しい村の建設に取り掛かっていた。一方、丹波明和は、タイとの国境ポイペトの町外れに住み、カンボジア子供塾を開いて識字率向上を目指していた。別々に展開していた3つの大きなストーリーが物語の後半部に交わり、ストーリーは一気に新たな展開を迎えて進行する。

 

 カンボジアも、首都プノンペンだけでななく、国境周辺のポイペトやパイリンもストーリー展開上、主舞台となっている。ポイペトは丹波明和の活動拠点になっており、またパイリンは所在を隠していた越路修介の拠点として描かれている。また、楢本辰次の通訳兼運転手となった高校の英語教師ヌオン・ロタが、楢本だけでなく読者に対し、カンボジアの歴史と今を説明してくれるガイドの役割を果たしているが、彼も単に登場場面が多いだけでなく、なかなか熱く魅力的なクメール人だ。シェムリアップで拘置されひどい目にあった楢本に、それ以上にひどい目に遭ったヌオン・ロタは、「確かにカンボジアはひどい国です。しかしね、わたしはこのクメールの大地を愛してる。荒れ果てたこの地にふたたびアンコール時代のあの壮大な夢が甦ることを夢見てる」と語る。

 

 越路修介、丹波明和という主要人物以外にも、ロン・ノル時代、プノンペンの日本大使館のコックで国連カンボジア暫定統治機構UNTACの介入とともにプノンペンで日本料理店を開いている白石正紀、ポル・ポト時代からシェムリアップに腰を据え1人で考古学の研究をしていて、今はシェムリアップで居酒屋風の店を開いている田丸牧子、カラオケ・クラブを経営し実際には日本人観光客にクメール人女性の売春を斡旋している根津正夫、カンボジア子供塾の日本人ボランティアの若者たちといったカンボジアで生活する日本人も登場する。田丸牧子も「シェムりアップにはいまかなりの日本人が住んでる。旅行エージェントやらカンボジアの影絵の研究者、草木染めを復活させようとしてる日本人もいます」と語っている。

 

 カンボジアの大きな問題である人身売買の様子や地雷の問題をはじめ、カンボジアの荒れた政治・社会状況が、悲しく描き続けられ、でたらめで腐敗ぶりが登場人物の口から語られたり、悲惨というべき様々な事件が起こったりして、やるせない気持ちになるが、それだけに余計、困難に立ち向かう強靭な精神を持ったタフな人物たちの存在や生き方が目立ってくる。尚、ストーリーの冒頭のシーンで、ベトナムからカンボジアに来た政治委員の1人で、政府顧問としての仕事を辞め、カンボジア国籍を取得してプノンペンの売春窟を統括しているベトナム人・グエン・ドン・ザンが、「わたしたちカンボジアのベトナム人は日本人が好きなんだよ、ポル・ポト派の残虐さについて期待以上の報道をしてくれるからね」と楢本に語った言葉が引っかかる。

 

              本書の目次  

 

 

    白昼の闇

    陽光眩しく

    大地に涙を

    遺跡の街

    陽炎の向こう

    黄昏の死

    水面に揺れて揺られて

    西から来た日本人

    未明の銃声

    麓の墓標

    眩しき影へ

    ジャーナリスト訪問

    象の背に運ばれて

    白い光の渦のなかで

    崩れ落ちた瓦礫のなかで

    夢果つるとき

    終わりなき明日