第14回  メコン圏現地作家による文学

 

       

           

 

 

       

   「ツバメ飛ぶ」 

           

     グエン・チー・ファン 著

     加藤 栄 訳、廣中 薫 画、てらいんく

     2002年10月

     ISBN4−925108−28−X

  

    

 

 

 本書は、ベトナム戦争の激戦地であったベトナム中部の戦線で数多くの戦闘に参加経験を持つ著者グエン・チー・フアン氏(1947年生まれ)の1990年度ベトナム作家協会賞受賞作品の翻訳で、原書初版は、1989年、ベトナム人民軍出版社から刊行されている。この訳書は、ベトナム文学研究者の加藤栄氏の翻訳で、アジア文学の紹介にも積極的な横浜の出版社・てらいんくから2002年10月に刊行されたが、著者の希望により、原書初版ではなく、子ども向け書籍を専門とするキムドン出版社から2000年に出たテクストを使用しての翻訳となっている。 

 

 本書のストーリー内容については、「ツバメ飛ぶ」という本書のタイトルからだけではとても推測できないような戦争の残虐と悲惨、戦争が人々にもたらす苦悩、人間の怨みと悲しさなどを描いており、”ベトナム戦争が激しさを増したころ、サイゴン政権側の要人を暗殺するテロ組織「ツバメ隊」に、14歳の少女は志願した。惨殺された兄や姉のうらみをはらすために故郷を解放するために。ー やがて戦争は終わり大人になった彼女は戦時中の拷問による後遺症に苦しんで眠れない夜を過ごしつつ、自らが手を下した旧敵の遺族の生活を心がける。人は人をどこまでうらみ、どこまで許せるのか。”とは、本書に付されている帯の文章だ。

 

 主人公のベトナム人女性クイにとっての人生の大きな曲がり角となった、家族の運命の日の出来事から、本書第1章の書き出しは始まっている。1969年10月、当時は南ベトナム領内であったベトナム中部海岸地方のある村で、父と兄、姉との4人で暮らしていた少女クイ。母は海上艦隊からの無差別砲撃でだいぶ前に亡くなっていたが、この日は、村のゲリラに入隊していた兄が、家の裏手の井戸の中に掘ってあった秘密の地下壕に隠れていたところを、もともとゲリラの仲間でサイゴン政権側に寝返り村長になったトゥアンによって、ダイナマイトで殺されてしまう。その数日後、家を離れゲリラ活動に加わった姉もトゥアンによって惨殺され、クイも「ツバメ隊」の一員となり、その後その年齢の少女らしからぬ壮絶な日々を過ごすことになる。

 

 1968年のテト攻勢後、クイが住む県の武装勢力は壊滅といっていいに等しい状態となり、チョカットやダートゥオン渓谷で米軍の精鋭空中機動部隊に大きな打撃を与えたサオヴァン師団は平野からじりじりと撤退し、ラオス・ベトナム国境にあるコン河上流域への後退を余儀なくされ、力の均衡が崩れ、敵の勢力が優勢を占めるようになっていた。村に残ることができた戦士たちは地下への潜行を強いられ、敵の新しい駐屯地が雨後のタケノコのように設営されていった。地元のゲリラたちは、自ら攻撃をしかける道は閉ざされ、敵側の要人暗殺という「滅悪作戦」に打ってでることにするも、大人の戦士たちは敵に近づくことが出来ないので、かわりに子どもを使うしかなかった。こうして「滅悪作戦」の実行部隊として、「ツバメ隊」が結成された。

 

 「ツバメ隊」の少年、少女の隊員は、大人のゲリラ同様、秘密のアジトで集団生活をし、銃で武装をし、村長や地区長、村にもぐりこんだ諜報員、警察官、住民の中の密告者などに不意討ちをかける。隊員は、最年長のものでも16歳、残りはみな13,4歳の少年、少女ばかりで、そのほとんどが地元の要人に直接の恨みがあった。少女クイも射撃の訓練を経て、トゥアン殺害をはじめ色々な任務が与えられた。ターゲットに近づきやすいということはあるにしろ、要人テロの実行という大それたことを少年少女が遂行するということに衝撃をうけるが、事の成否にかかわらずうまく脱出できなかった時の少年少女の身に降りかかる出来事も容赦ない。

 

 「ツバメ」隊の少年、少女やその家族の身に起こる出来事は、あまりに悲惨で痛々しいが、クイも、クイニョン、チーホア(サイゴン市内)、コンソン島と、数年間もの間、いくつもの監獄をたらい回しにされ、ひどい仕打ちと拷問を受ける。釈放された後は勉強のため北部ベトナムへ行き、英雄として表彰され、さらにその後の数年は、ソビエトにも派遣され、高級党学校で学び、故郷の県の幹部として活動に従事するが、孤独な生活の中、やがて、当時、悪事を働いて死んでいった人たちの遺族は今どんな生活をしているのか、10年余り前に自分が殺した者たちの遺族の生活が気にかかるようになる。そして旧サイゴン政権の公務員や軍人、とりわけ戦争中に殺害の対象となった者たちの遺族に対する非人道的な考え方や仕打ちの克服という課題に取り組もうとするが・・・。

 

 ベトナム戦争中や戦争後の出来事も、本書の舞台はベトナム中部のホアイニョン県で、ローカルな地名が色々と登場するが、ベトナム研究者の秋葉由紀彦氏作成による縮尺付きの数十キロ四方の地域の詳細な地図が付されているので、位置関係の把握に困ることはない。ちなみに翻訳において、本書に数多く登場する軍事および動植物関係の用語については、秋葉氏からのサポートを得たとのことだ。  

 

 尚、本書出版のいきさつや訳者の思いについては、巻末の訳者あとがきに以下のように記されている。 

  ”私がこの小説をはじめて読んだのは、今から10年あまり前、1990年代の初め頃だったと思う。1990年度ベトナム作家協会賞を獲得していたとはいえ、ほとんど無名に等しかった作者のこの作品にいたく感動し、一気に読んでしまったことを覚えている。

  当時はドイモイの開始からまだ数年しかたっておらず、文学はそれ以前から少しずつ変化のきざしを見せ、長年にわたってこの国を支えてきた社会主義体制を批判的視点から描くものや、歴史上タブーとなっていた政治的事件の見直しを迫る作品などが登場し始めてはいたものの、文学としての成熟度はいまひとつの感があった。とくに戦争をテーマとした作品では、「敵」=悪、「我々」=善の二元論的な図式から大きくはずれることはなく、現実からかけ離れた英雄像ではなく、血の通った等身大の人間像を描こうとする試みは、ようやく緒についたばかりであった。そうした中にあって、この作品が旧来のパターンを打ち破るものであることは、一読すればおわかりいただけることと思う。

  私は当時からこの作品をぜひ日本語に翻訳したいと考えていたが、チャンスはなかなかやってこなかった。そしてそうこうしているうちに、十年あまりの年月がたってしまった。一昨年(2000年)の夏、てらいんくから、「高校生でも読めるようなベトナムの小説を出版したい」との話があり、あらためてこの作品を読み直し、それだけの時間が経過しているにもかかわらず、少しも古びていないばかりか、「ベトナム戦争」という固有名詞の戦争を超えた、戦争それ自体がはらむ悲劇の本質を普遍的な形で提示していることがあらためて確認できた。私はこの作品を、戦争を知らない日本の若い読者にぜひ読んでもらいたいと願っている。・・・”

 著者略歴

グエン・チー・フアン

  Nguyen Tri Huan

 

 1947年、ベトナム北部ハタイ省の農村に生まれる。1965年、軍隊に入隊。ベトナム戦争の激戦地であった中部の戦線で数多くの戦闘に参加した後、ベトナム人民軍傘下の新聞、雑誌の編集に従事。

 1979年、ベトナムの国民詩人の名を冠した国内唯一の作家養成学校、グエン・ズー作家大学(在ハノイ)に入学。同校の第一期生として創作の基礎を学んだ後、人民軍の文学専門誌「軍隊文芸」の編集員となる。

 現在は「軍隊文芸」誌編集長、ベトナム作家協会執行委員として活躍している。

 なお本書は、1990年度ベトナム作家協会賞を受賞した作品である。

 

  (本書著者略歴より、本書発行時)

 訳者略歴

加藤 栄(かとう・さかえ)

 

 1953年神奈川県生まれ。東京外国語大学インドシナ科(ベトナム語)卒業。一橋大学大学院社会学研究科単位修得、中退。

 現在は大東文化大学国際関係学部、東京大学教養学部の非常勤講師としてベトナム語を教えるかたわら、ベトナム文学の翻訳、紹介につとめている。

 おもな訳書に、

「流れ星の光 ベトナム現代短編集」

 (新宿書房、1988年)

「夏の雨」(マー・ヴァン・カーン著、

 長編、新宿書房、1992年)

「虚構の楽園」(ズオン・トゥー・フオン著

 段々社、1994年)

「ベトナム現代短編集1」

 (大同生命国際文化基金、1995年)

などがある。

 

  (本書訳者略歴より、本書発行時)

 

関連テーマ

 

●サオヴァン師団

ベトナム戦争中、南部の解放勢力を軍事的に支援するために北部から送られた軍隊。サオヴァンは「金星」の意。

●バィンイット

うるち米で作った塩味の餅。おもに中部ベトナムで、祭礼や法事のときに食べる

●婦人同盟

 

・コンソン島の監獄

・チーホア監獄(サイゴン市内)

・英雄表彰

・思想改造キャンプ

・戦略村

・ライ川

 

ストーリー展開場所

 

 ・ハノイ

  ホアイフオン地区

  モンガー丘

  ヴォイ山地区

  タイルオン

  ダーチャイ地区

  ティータィンタイ地区

  タムクアン市場

  ホアイスアン

  ホアイソン

  ボン市場

  タムクアンバック地区

    のホアイチャウ

  ホアイニョン(ボンソン)

  ホアイタィン

  コー山

  ドンドゥオン

 ・ランソン

 ・クィニョン

 ・ダナン 

 

ストーリー展開時代

 

・1969年〜1980年代前半

 

登場人物たち

 

・クイ(主人公)

・クイの父

・ズオン(クイの兄)

・ハーオ(クイの姉)

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・トゥアン(クイの村の村長、元ゲリラ

 でズオンの仲間。以前クイニョン監

 獄の獄吏)

・ナム(トゥアンの妻)

・トゥアンの3人の子ども

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

・クオン(クイの兄の親友で、クイの

 ツバメ隊での直接のリーダー。

 戦後、県の主席となる)

・ハーイ(ツバメ隊の少年)

・ズン(ツバメ隊の少年)

・ズイ(ツバメ隊の少女)

・テム(ツバメ隊の少女)

・小ズン

・バー、サウ、ガイ、ハイリエム(ゲリラ)

・キック(ゲリラで密告者)

・ズンの家族(父、母、2人の兄)

・小ズンの父、母、祖母、叔母

・バイおじさん

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・キュウ(村長)

・サウロイおかみ(タムクアン市場)

・ナムおばさん(雑貨屋)

・サン(郡警察の署長)

・アメリカ人

・ハイディック

 (ホアイフオン第4村)

・トゥオン(郡警察の副署長)

・トゥオンの愛人

  (アメリカの事務所で働いている)

・リン村長(第5村)

・茶店の年配の店主

・茶店の客の若い3人娘

・茶店の2人の男性客

・胸に奇妙な絵柄の刺青のある民兵

・ホアイフオン第4村の老人と娘

・タムという女性(ヴォイ山地区)

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・ホアイフオン地区第4村婦人会長

・ハイディックの妻

・歩兵連隊の隊長

 (サオヴァン師団からホアイニョン県に

  派遣された特殊部隊の元隊員)

・フィンばあさん

・県立病院の医師たち

・小学校の教員(元サオヴァン師団)

・トゥーニョン

 (タムクアンバック地区党支部長)

・クオンの妻