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「消え去った世界」
あるシャン藩王女の個人史
ネル・アダムズ 著、 森 博行 訳
文芸社、 2002年8月発行
ISBN4−8355−4138−3
《著者プロフィール》 ネル・アダムズ
(シャン名 サオ・ノウ・ウゥ)
1931年 ビルマ(現ミャンマー) シャン州生まれ
父はロックソック藩ソーボワ、母はチェントゥン藩ソーボワの娘
英国チェシャー在住
《訳者プロフィール》 森 博行 (もり ひろゆき)
1953年1月 京都市生まれ
慶應義塾大学大学院修士課程修了
(本の紹介文より・発行当時)
⇒訳者による本書要旨の紹介
本書は、ネル・アダムス(Nel
Adams)著の原著『My
Vanished World』(2000年、英国の出版社より刊行)の邦訳本。著者ネル・アダムズは現在、英国籍なるも、本書翻訳本のサブタイトルに「あるシャン藩王女の個人史」とあるように、サオ・ノウ・ウゥというシャン名を持つシャン人女性。シャン州(Shan
State)州都タウンジーの町から北西に80キロほど離れたところにある町ロックソック(Lawksawk)に、シャン藩王国同盟の一つであるロックソック藩ソーボワ(世襲藩主)の娘として1931年に生まれ、ラングーン大学卒業後、1959〜1960年国費留学でビルマを離れて以来、英国で1960年12月英国人と結婚もし、英国に留まって生活をしている。
英文によるシャン藩王女の自伝というと、タイ・チェンマイの出版社(Silkworm
Books)からも1994年以来数版発行されてきている英文書籍『Twilight
over Burma - My Life as a Shan Princess』を思い浮かべる方がおられると思う。こちらの著者inge
Sargentはシャン州北西部のシボー藩(Hsipaw)ソーボワ王子に「外」から嫁いできたオーストリア人女性であるのに対し、本書はシャン人世界の内側で育ち生きてきたシャン人のシャン藩王女が著したもので、その視点やシャンを思う気持ち、本に盛り込まれた情報やその史料価値など、おのずと違うものとなるのは当然だろう。
読者に、著者の育った環境や社会を充分理解してもらうために、まず第1章で「シャン藩王国同盟、英国政府とソーボワ」(全文添付)と題し、シャン州とそこに住む人々に関する歴史や政治状況や風土について、説明がされているので、シャン(Shan)のことを知らなかった人にとっても、新たにシャンに関心を持つことができ、興味を持って本書を最後まで読み切ることができるはずだ。
原著者が、原書の草稿をある出版社の編集者に送ったところ、彼女の読後の言葉は「なんとスゴイ話じゃないですか!」だったそうだが、本訳書を読めばまさに多くの読者が同じ言葉を発することになるのではないか。ロックソック藩王の娘としてでだけでなく、著者の母はシャン州最大の藩国であるチェントゥンのソーボワの娘ということもあって、家族・親族がシャン州支配層である中、まさに内側として、それもより直接的・現場的に、数々の重大な歴史的事件が、著者とその家族・親族にどう関わってきたかが綴られている。著者が生きた1930年代初からシャン州にふりかかった激動の時代、すなわち英植民地統治の末期の英国行政官たちとシャンのソーボワ支配制度、日本軍のシャン州への進出と日本軍占領時代、連合軍の反攻から短い英国支配の復帰、1947年2月の「パンロン協定」と1948年1月のビルマの独立、希望と混乱の中での新生独立ビルマの建国時代、そして1958年の軍管理内閣と1962年のネーウィンによる国軍によるクーデターによる現在に至るビルマ軍政登場というのが、時代背景となっている。
シャン世界の政治・社会の大きな変化以外にも、著者の愛され恵まれた幸せな幼年少女時代のいろんな思い出から、修道院寄宿学校や大学時代の教師、勉学、恋などの思い出、更に「ポイ」という祭りや「水掛け祭り」「灯籠祭り」などシャンの人々の祭りの様子や、ソーボワとその一族の生活とか領民との関係などについても語られている。最後のチェントゥンのソーボワとなるサオ・ディーララージ(サオ・サイ・ロン)(別名ショーティ)は、1947年19歳で英国政府からチェントゥンのソーボワに任命され1962年までソーボワであったが、1962年他のシャンのソーボワたちと同様、1968年出獄は許されたが、チェントゥンに戻ることは許されず彼の資産はすべて差し押さえられ、1991年には僧たちやチェントゥンの住民の請願にもかかわらず、ソーボワの宮殿はミャンマー国軍によって破壊、彼自身は1997年8月ラングーンで病死している。このショーティは著者にとって母の異母兄サオ・コン・タイ2世(著者の祖父が1935年病死後チェントゥンのソーボワに就任するが、1937年10月22日暗殺される)の息子にあたる人物で、ごく身近な人物として幼少時のトランプ遊びの時のエピソードなども語られ、大変興味深い。本の後半から最終章に近づくにつれて、ソーボワ制が終焉し、著者の身近な家族・縁者の人たちのその後の人生について記されているが、多くは哀しいものだ。
本書は、シャン州のいろんな町が、ロックソック、チェントゥンはもちろん、他にも当時の町の様子や、移動の道路交通事情などを伝え登場するのも、シャン州に関心を持つ人にとってはたまらなく、当時を偲んでシャン各地を旅をしてみたくなるはずだ。更に本書は、文章内容そのものもさることながら、他にもいくつかの特筆すべき点がある。まず巻末に12頁にわたってロックソック家系やチェントゥン家系についての詳細な家系図が付いていることだ。また掲載写真も貴重で、著者の家族のいろんな写真以外に、1932年ドゥルバルの後のタウンジーにてのシャン州評議会メンバーの記念写真(ロックソック、チェントゥンのソーボワである著者の父方、母方の2人の祖父に、イギリス総督、イギリス弁務官、タウンペン、センウィ、モンミット、ヨンホェ、シポー、モンヤイ、モンナイの各ソーボワ)や、イギリス皇太子(後の国王エドワード8世)ビルマ訪問時のマンダレーでの記念写真(イギリス皇太子、イギリス総督、父方、母方の祖父であるロックソック、チェントゥンのソーボワ、長姉の嫁ぎ先であるモンヤイ、シポー、ヨンホェの各ソーボワ)が掲載されている。
このような貴重な書籍の日本語版が刊行されるというのは、大変有意義であるが、英国の地方の小さな出版社から刊行されていたその原書が邦訳発行にいたるいきさつがまた面白い。何の接点もなかった原著者と訳者が、1年前にチェンマイのビジネスホテルのロビーで会話が始まったことにあるのだが、その詳細は本書あとがきに記されている。全く不思議な縁といえるが、原書を一読しすぐに価値を見出し自らいろいろと調べ翻訳にはまり込み出版までこぎつけた訳者の熱意があればこそであろう。本書冒頭で幼き日々の思い出とシャンの地を思う著者の気持ちが表されているが、最終章の後半では、故郷シャンの地とシャンの人々が荒され抑圧されつづけている現状に強い語調で憂いの気持ちを表するとともに、軍事独裁に対し強い非難を投げかけている。
本書の目次
序
第1章 シャン藩王国同盟、英国政府とソーボワ
第2章 父母と祖父母
第3章 幼年期
第4章 ロックソック 私の町
第5章 家族の死
第6章 当時の結婚
第7章 シャン社会の生活
第8章 学校時代
第9章 日本軍による占領
第10章 脱出
第11章 驚喜と悪夢
第12章 「パンロン協定」
第13章 最も悲しい日
第14章 人生は続く
第15章 大学生活
第16章 ソーボワ制の終焉
第17章 それぞれの人生
第18章 永遠の別れ
参考文献
家系図
偶然の出会い −訳者あとがき