メコン圏の旅紀行・エッセイ

    関連データ

 

 

      著者参考資料

 

「キャパ その青春 その死」

  リチャード・ウィーラン、

  沢木耕太郎 訳、文藝春秋

・「ロバート・キャパ写真集」

 沢木耕太郎 訳・解説 文藝春秋

 

「地雷を踏んだらサヨウナラ

   一ノ瀬泰造 写真・書簡集

   講談社

・「写真集・遥かなりわがアンコール

  ワット 一ノ瀬泰造」

 一ノ瀬泰造写真集刊行委員会

・「一ノ瀬泰造 戦場に消えた

 カメラマン」

 一ノ瀬清二、葦書房有限会社

 

・「おとなしいアメリカ人」

 グレアム・グリーン

 田中西二郎 訳、早川書房

 

・「ベトナム戦記」

 開高健、開高健全集 第11巻

 新潮社

 

・「ヴェトナム「豊かさ」への夜明け」

 坪井義明 岩波新書

 

・「ヴェトナムへ行こう」

 神田憲行 編、朝日新聞社

・「地球の歩き方 ベトナム」

 ダイヤモンド社

・「個人旅行 ベトナム」

 照文社

・「バリケードを吹きぬけた風」

 橋本克彦、朝日新聞社

・HERITAGE VIETNAM AIRLINES

  INFLIGHT MAGAZINE

  NUMBER 30

 

 

● 一ノ瀬泰造

 (1947年〜1973年)

 

 

● ロバート・キャパ

  (1913年〜1954年)

 

 1913年、ハンガリーのブダペスト

 生まれ。ユダヤ系のハンガリー人

 本名はエンドレ・フリードマン。

 左翼運動にかかわり、17歳で

 ベルリンに逃れ、そこで写真を学び

 パリに出る。「ROVERT CAPA」

 というアメリカ出身の報道写真家と

 して売り出す。1954年5月、ハノイの南東70kmの町・ナムディンから紅河を越え、タイビンへ向う前線の小川の土手で地雷を踏んで死亡。

 

 saigonnohirusagari.JPG (101838 バイト)
   

     『サイゴンの昼下がり』

    

           横木安良夫   (写真・文)

           新潮社    1999年1月発行

            

  著者紹介》 横木安良夫 (よこぎ・あらお)

 1949年千葉県生まれ。71年日本大学芸術学部写真学科卒業。

             アシスタントを経て75年独立。

 以後、広告、ファッション、NUDE、ドキュメンタリーなど幅広い分野で写真活動を展開。

 写真集、写真展多数。94年初めてヴェトナムを訪れて、その虜になる。

 

 

 なんといっても、表紙の写真がとても素敵で、私などはこの表紙だけで本書を買ってしまったようなものだ。花飾りの帽子、うつむき加減の横顔、真っ白なアオザイと肌の色、それに鞄や靴との取り合わせ、スタイル、姿勢、足の運び、アオザイの前布の右足への張り付き具合、後ろ布のはためき加減などなど何もかもが印象的だ。何度もこの表紙を眺めながら、この女性は、どのような性格でどのような生活を送っている人なんだろう、正面からの顔や声はどんなんだろうとあれやこれや想像を繰り返していた。

 

 実は、後でわかったのだが、本書巻末には、表紙を含めた掲載写真全ての解説が載せてあり、ここで著者もこの表紙写真について、「ホーチミン市の中心部、コンチネンタルホテル裏、レタイントン通りを、颯爽と横断するアオザイ姿の女性。・・・・・・。彼女は僕がヴェトナムで出合った一番印象的なアオザイ姿の女性だ。・・・・一体どんな生活を送っている女性だろうか。僕は彼女の日常を想像した。」と述べていた。

 

 

 本書は『サイゴンの昼下がり』と題されているが、同名のコラムを含む全9編のコラムが載せられている。と同時に334ページ中、226ページがフルページ、カラー写真という写真集でもある。

 

 表紙の女性とはまた違った魅力を持つ女性たちのカラー写真もふんだんに登場してくる。モデル、女優、歌手たちだ。しかし、著者のカメラは美女たちばかりでなく、暮らしの中での労働者たち、中年女性や少年たちなど、さらには野良犬など動物にも向けられる。もちろん様々な風物・風景も

だ。著者がベトナムにぞっこんはまり込んでいるのが、多様な被写体を見ても伺える。

 

 コラムや写真の舞台も、ホーチミン(サイゴン)だけでなく、ミトー、カントー、ニャチャン、ファンラン、ファンティエット、、ダナン、フエ、ダラット、ハイバン峠、ホイアン、ハノイ、ハロン湾、タイビン、ナムディン、クアンチ等と広がり、写真紀行としても楽しめる。

 

 バレリーナやモデルが語る時代や社会事情に影響されてきたその履歴は興味深いものがあるが、「僕と同世代のヴェトナム人」それに続く「もう一つの歴史」と題したコラムの中で、紹介されている特務や公安であったという日本語通訳男性の人生には、年齢に相応した重さが感じられる。

 

 同世代のヴェトナム人男性を登場させ、同時に著者自身の同時代的な過去にも触れだしているが、終章の「戦争写真家ロバート・キャパと一ノ瀬泰造」では、本書の前半部のやや気楽な感じの写真旅行記的なものとは、雰囲気が一変する。大学のサークルの先輩でもあった一ノ瀬泰造、報道写真家ロバート・キャパを取り上げ、著者自身も振り返りながら時代や写真について語っている。著者が一ノ瀬泰造について語っている時代と写真について一部を本書より紹介したい。

 

 「学園紛争が終わり反戦運動も下火になった浮かれた時代、一ノ瀬は命を賭けて生きることを望んだ少数派だ。・・・・・・・あの時代若者は、日本の高度成長期とシンクロしていた。普通の家庭に育てば貧しさとは無縁だった。そして何も特別なことを望まなければ、平和な生活ができるように思えた。いわゆる大衆として、消費する側になることを肯定すれば、楽しく暮せるような気がしていた。しかし、自分の内なるエネルギー、野心を燃やし、何かを求めようとすると、平和な日本には何もなかった。いや、なにかあったのかもしれないが、自分のあり余るエネルギーを燃焼しつくしたいと思う若者の一人、一ノ瀬泰造にとっては、それが写真であり、肉体の底から同意できる、命を賭けた仕事、それが戦争写真だったのだ。」