メコン圏の写真集・エッセイ 第7回

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●貴州省

 

 面積:17万6千平方km

  (日本の約2分の1弱)

 省都:貴陽市

 地理:石灰岩地帯の

  雲貴高原東部に位置

  し、高度137〜2900m

  間での間で、省全体が

  北西に高く東南に低い

 

 

●苗族

 

 中国南西部、ベトナム、ラオス、ビルマ、タイ北部を中心に分布する少数民族。

 中国ではミャオ(苗)族と呼ばれ、約740万人(1990年)が居住する。

 東南アジア大陸部では、一般にモン族の名で知られる。自称モン、蔑称メオ。

 モン・クメール系のモン族と区別するために、英語標記ではHmongと書かれる。

 

 

●布目

 

 粘土の成型時に用いる布の圧痕が、焼成した瓦の片面に残っているもの。中国で作り出され、日本でも飛鳥時代から鎌倉時代中頃まで製造されていた。

 これは木型から粘土をはがしやすくするために、木型との間に布をはさんだためであるが、こうした裏側に布の目がついている布目瓦は、日本では各地の古代の遺跡や寺院から出土している。

 明の一観が布の代わりに雲母粉(きらこ)を使う方法を日本にもたらしたことから、室町時代に入ると、布目瓦は次第に無くなっていった。

  

  『布の風に誘われて』        

          中国貴州苗族 染織探訪13年

 

           鳥丸貞恵  イングデザイン研究所 編集

           西日本新聞社、 1999年1月発行

     ISBN4−8167−0475−2

            

  

  著者紹介》 鳥丸貞恵 (とりまる・さだえ)

             福岡県工業技術センター専門研究員

             日本産業技術史学会会員

             道具学会会員

      1940年      岡山県生まれ

      1964年〜    福岡県工業試験場(現 工業技術センター)勤務

      1974年〜    博多織へのコンピュータ導入研究

      1980年〜    アジア諸国の手織技術、天然染料の研究

      1993年〜    福岡市教育委員会 講師 「貫頭衣を織る」

      1993年〜95年 国立民族学博物館 共同研究員

                  「東アジアにおける機織り技術の民族学的研究」 

                 平成6年度 織成賞受賞 「苗族のおぶい帯にみる精神性」

      1996年〜    研究テーマ 「博多織製織技術の発生と展開」

 

                                  (発刊当時:同書紹介文より)

  

    

  本書は、博多織の原点を訪ね中国・貴州省の苗族(モン族)の村々を13年に渡って通い歩いた織物研究者によるもので、カラー写真で綴られたフォトエッセイである。約100ページに近い本書全てのページに、色あざやかでファッショナブルな民族衣装をまとった苗族が、貴州の美しい山あいの風土の中で暮らしている様が、見事に映し出されている。

 

 そもそも著者のこの貴州苗族探訪の旅のきっかけは、アジアの国々に博多織のルーツを探していた著者が、1985年7月中国での調査を開始し貴州省を訪れ、その時、「布目瓦」を作る苗族の人たちと出会ったことにあった。苗族の人はどのようにして布を作るのであろうかと強い興味を持ち、幸運にも翌年、布目瓦に残された布の研究助成を受け、再度貴州を訪れる事となった。そこで、博多織の原型を彷彿とさせる一枚の布に遭遇するのだが、それがなんと「苗族の織物」であったということだ。本書には、最初のきっかけとなった苗族による布目瓦を作る工程などの珍しい写真も数枚掲載されている。

 

 博多織は、たて糸の浮織りが特徴だが、苗族の帯もたて糸を浮かせて文様を織り出す。たて糸の浮織りも村々で工夫されたそれぞれの方法については写真で紹介している。他にも、頭飾り・上着・スカート・腰飾りといった民族衣装、身体そのものが織り機の役割をする紐帯織、麻・絹・綿などの天然素材、装飾文様、藍染め、絞り染め・ろう染めなど織物に関心を持つ人にとっては、驚きと目新しさでたまらない写真がいっぱいだ。

 

 しかし、本書は苗族の織物の事だけ取り上げているわけではない。染織が苗族にとって古くから生活の一部であったように、その他の伝統や暮らしぶりも豊富に取り上げている。しかも、著者の紹介がとても親しめる。下に抜粋したようなユーモラスな村人の語りを模した紹介には、こちらが元気付けられてしまう。何度も季節を重ね通い続けた著者だけに、心が通い眼差しが暖かい。特に苗族の女性たちの持つ大らかさ、逞しさ、しぶとさといったものは、良く伝わってくる。

  

  「そこいらへんにあるもんで作るんじゃよ。アメリカの発明王は、必要は発明の母と言ったそうじゃが・・・わしら、エジソンなんか知らん。手と足で作る。昔からそうじゃった。」

  「村のもんは、よう働く。働くことは、生きとる証拠。晴耕雨読なんぞ、ヤワな言葉は誰も知らん。働く、大人も子供も。年から年中。力を合わせて働くことを、骨の髄まで皆知っとる。わしらの遺伝子に組み込まれとるんじゃ。」

  「大地の母とは、言い過ぎです。悟った顔をしていると、とんでもないことをおっしゃる。山道を、毎日昇り降りし、大地にはいつくばって畑仕事をしてきました。子を産み、育て、孫も大きくなりました。そんなに、私の顔をみつめないでください。しわの数でもかぞえているんでしょ。」

 

 本書で紹介されている苗族の暮らしぶりは、日本から遠く離れた中国・貴州の山間の村々が舞台であることもあって、現代日本に住む私たちからは、別の世界のように感じられるかもしれないが、著書が本書末尾で「私の基層には、かつて日常の事として蚕を飼い、織物にいそしみ、今も手まり作りを楽しむ明治生まれの母」があると述べているように、日本にもかつてそう遠くない時代、至る所で、この苗族の暮しに近い風景があったはずだ。

 

 本書に接し、著者の他の研究テーマ「苗族のおぶい帯にみる精神性」 「東アジアにおける機織り技術の民族学的研究」 「アジア諸国の手織技術、天然染料の研究」などについても知りたいと思えるようになった。尚、本写真集の出版と同時に、苗族の村に博多織の源流をたずねるというドキュメンタリー番組が、1999年1月30日、テレビ西日本で『繭の鈴』というタイトルで、放映されている。