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『バイクで駆けるインドシナ1万キロ』
賀曽利 隆 著、 日本交通公社
1994年7月発行、 ISBN4-533-02039-9
≪著者紹介≫
1947年生まれ。1968年から2年間をかけてアフリカ大陸を一周
したのを皮切りに、アジア、オーストラリア、ヨーロッパ、南北アメリカ
と世界6大陸を駆けめぐる。1971年〜’72年に日本人としては初
めてサハラ砂漠をバイクで横断。1989年に50ccバイクで日本一周、翌’90年に世界一周。1992年〜’93年にはインドシナ一周を成し遂げる。
著書「アフリカよ!」(浪漫、1973年)、「極限の旅」(山と渓谷社、1973年)
「歩いて出会って六大陸」(日本放送出版協会、1975年)、「貧乏ツーリングBIBLE」 (光文社、1986年)、「俺たちのパリ→ダカール」(講談社、1987年)、「峠道ツー
リングガイド@、A」(交通タイムス社、1987,1988年)、「爆走!SAHARA」
(講談社、1989年)、「50ccバイク日本一周2万キロ」(日本交通公社、1990年)
「峠越え」(光文社、1992年)、「50ccバイク世界一周2万5千キロ」(日本交通公社、
1992年)、「海外ツーリング完全ガイド」(イーストプレス、1994年)など
(本書紹介文より)ー本書発刊当時ー
50歳半ばにさしかかる今も世界をバイクで駆けめぐっているアドベンチャーライダーの第1人者たる賀曽利隆氏が、1993年に、250ccのオフロードバイク(スズキRMX250S)で、世界初のインドシナ一周にチャレンジした旅記録。著者はこのチャレンジの前に、既に1989年全行程2万5千キロの「日本一周」、」1990年には全行程2万5千キロの「世界一周」をともに50ccバイクで成し遂げるなど、世界を地球10周分以上の50余万キロ走り、国境を越えた回数は300回をはるかに超えていた。この計画はタイのバンコクを出発点とし、バイクでラオス、ベトナム、カンボジアと回り最後にバンコクに戻ってくると言うルートで全行程約5000キロの「インドシナ一周計画」であった。バイクを海外や国境を越えて持ち込むというのも大変困難そうであるが、その上この計画が進められたのは、今から10年近く前の1992年のことであって、治安の問題もあって果たしてラオス、ベトナム、カンボジア内をバイクで自由に走ることができたのかと、こちら読者側も気になってしまう。
案の定と言うか、しかも最初の出発点であるバンコクから、バイクがなかなか引き取れない。日本の陸運事務所で国際登録をし、JAF(日本自動車連盟)で国際登録のナンバープレートを作ってもらった後、横浜港からバンコク港まで海運で運び、バンコク港から引き取った後、タイスズキで万全の整備をした後インドシナ一周に着手する予定であった。ところがタイで輸入許可証(I/L)がなかなかおりず、1992年8月25日にバンコク入りして結局バイクを引き取ることができ、バンコクでバイクと再会できるのは、1992年12月中旬と言うありさまだ。この間読者以上にいらいらしたはずの著者は、気持ちの切り替えが早いというか、この間何度も期待はずれになる度に、バンコクからマレー半島を列車で縦断したり、チェンマイ・チェンライのタイ北部山岳地帯を旅したり、列車と飛行機で「インドシナ一周」などと、各地を旅し時間を有効に使っている。
本書の前半部は、こうしたいきさつや旅の様子が書かれているが、やはり本書が断然面白くなるのは、1992年12月23日バンコクを出発し本題のバイクでいよいよインドシナ一周をめざす本書後半部、具体的には第8章からだ。中でも圧巻は、北ラオスのルアンパバーンからウドムサイ県のムアンサイ、ポンサリ県のムアンクア、ムアンマイを経て、北西ベトナムのディエンビエンフー方向に入るべくラオス・ベトナム国境のタイチャン峠を越えようとするところや、北東ラオスのフアパン県サムヌアからラオス・ベトナム国境のチンクンを越えようとするところではなかろうか?
このバイクでインドシナ一周という旅のコースは以下の通り。バンコクから東北タイに抜け、メコン河河畔のラオスとの国境の町・ノンカイから、バイクと共にメコン河を船で渡り(タイ・ラオス友好橋が完成したのは1994年4月)、ラオス側の河港タードゥアに入国。ヴィエンチャンからルアンパバーンを経て上記のような外国人に開放されていないラオス・ベトナム国境2ヶ所をしかもバイク持ち込みで越えようとする。しかしベトナム国境の厚い壁の前に、バイクをヴィエンチャンに置いたまま、一旦日本に戻り日本でビエンチャン〜サヴァナケット〜ラオバオ経由で中部ベトナムにバイクで陸路入国旅行許可をとろうとする。再度ヴィエンチャン入りするが、やはりベトナムへのバイクでの陸路入国は難しく、バイクと共に飛行機でハノイに飛び、バイクでの「インドシナ一周」を続けることになる。
こうしてバイクとともにハノイに入れた著者であるが、すぐにハノイ〜ホーチミンとヴェトナム縦断には向かわない。まず北西部の雲南省との国境ラオカイに向かい、そこからラオスからベトナム入国を試みたがかなわなかったベトナム・ラオス国境のタイチャン峠と、チンクンまで足をのばす。そしてラオスからベトナムにバイクで入国しようとした著者のために尽力してくれたベトナム国境警備隊の人たちと再会を果たすが、この場面はなかなかの感動ものだ。ハノイに一旦戻った後今度はモンカイ、ランソンと中国・広西壮族自治区との国境まで別の北部ベトナム行を成し遂げ、ようやくホーチミンまでのベトナム縦断をバイクで行うことになる。そしてカンボジアに入国し、まだ治安が心配されていたカンボジア内をバイクで縦断しタイに戻るわけであるが、あちらこちらでいろんな問題・トラブルが生じながらも何とかクリアーしてバイクでの「インドシナ一周」を達成している。
それにしてもこの旅の途中で著者は45歳の誕生日を迎えているが、驚くほど若く健康で、またいろんなトラブルが続いても「こうなったらじたばたしても仕様がない」と開き直りというかくよくよせず、とにかく前向きで明るい。バイクならではの旅の観察やいろんな人との出会いも軽やかに書かれ、爽快にインドシナ各地を始め日本・世界各地を駆け巡リ続ける著者には、多くの方が羨望の念を抱かれるのではなかろうか?また本書には著者と高世仁夫婦(高世仁氏は当時日本電波ニュースバンコク支局長。現在は(株)ジン・ネット代表)との関係や、ラオス・サムヌアで著者が身柄を拘束された時積極的に動いてくれた在ラオス日本大使館参事官青山利勝氏(本書発行の翌1995年5月に発行された中公新書『ラオスーインドシナ緩衝国家の肖像』の著者)とのかかわり、著者が衝撃を受けたという岩本地綱の『暹羅・老撾・安南 三国探検実記』(中公文庫)の事など、興味深い話も掲載されている。
本書の目次
第1章: 「インドシナ一周」の第1日目
第2章: アジアの十字路バンコク
第3章: 国際列車でマレー半島を縦断
第4章: タイ北部の山岳地帯へ
第5章: 列車乗り継ぎの「インドシナ一周」
第6章: インドシナから「東京→鹿児島」へ
第7章: ヤッタ、バイクに乗ってバンコク出発だ!!
第8章: 世界の秘境ラオスを走る
第9章: ベトナム国境の厚い壁
第10章: 奇跡が起きた、ベトナムを走れるゾ!!
第11章: 「ハノイ→ホーチミン」のベトナム縦断
第12章: 動乱のカンボジアを駆け抜け、「インドシナ一周」を達成!!
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