メコン圏の旅紀行・エッセイ・写真集 第19回

 著者プロフィール

 

 (本書紹介文より)

 −本書発刊当時ー

 

 

 [本名] 吉川 昇

  (きっかわ・のぼる)

 

1948年(昭和23年3月10日)、宮城県名取市増田に生まれる

 

1975年、世界歌謡祭へ日本代表として出場

 

1976年4月、芸能界へ入る(ヤマハプロダクション) ヒット曲「ああ宮城県」

 

1977年3月、芸能界引退、宮城県へ帰る

 

1981年、陶芸活動を開始する

 

1997年10月、「貴州旅情」のシングルCD・本を発表  

 

☆みちのく古代史研究会

 会長

☆宮城県芸術家協会

 会員(写真の部)

☆宮城県写真連盟 

 副会長

☆宮城の芸術「ジョンタの

 会」 会長

☆宮城県民全員が大地に

 空き缶や空き瓶を捨てた

 りしなくなる日を夢見る会

 会長

☆宮城県大樹の会 会長

☆日中友好倶楽部「馨」

  (シン)会長

 

1992年

 ・宮城県地域づくり大賞

  受賞 「新・伊達なクニ

  づくりスピリット部門」

1996年

 ・宮城県緑化功労賞

  受賞

1996年

 ・(宮城県)村田町自治

  功労者の表彰を下記

  により受ける。

 「町おこし」「古木蘇生

 運動」「巨木を語ろう全

 国フォーラム・イン村田」

 の企画、プロデュース

 

 

◆著者自身のサイト

 宮城の団十郎のページ

       

   

            

  貴州の旅

 

 (本書に掲載された場所)

 

   ■1回目(1990年)

 安順駅、黄果樹、花江鎮

 興仁県、黒苗族の村、

 白苗族の村、万峰林、

 南龍村布依族の村、

 興義市、貞豊県、

 納蝉村布依族の村、

 貴陽市(省都)

  

 

  ■2回目(1991年)

 貴陽、西関郷、

 石板村「布依族」

 固村「花苗族」、

 都猿s、凱里市、台江県

 黎平県、皮林村、

 肇興村「侗族」、鎮遠県

 翁項郷、丹寨県、重安鎮

 

 

 ■3回目(1992年)

 貴陽、安順市、

 六枝特別区域、梭夏郷、

 六盤水市水城特区、

 青林郷「小花苗族」、

 威寧市、湖「草海」、

 納擁県、畢節市、織金県

 清鎮県中八郷「尖尖苗族」

 

 

  ■4回目(1993年)

 貴陽、紫雲県、狗場郷、

 紅岩村「青苗族」

 「小花梳苗族」

 洞辺組「白苗族」、

 望漠県、興仁県、興義市

 万峰林、泥dang石林、

 馬鈴峡谷、馬鈴鎮、普安

 晴隆県、麻江県、

 河村瑶族

 

 

 ■5回目(1994年)

 

 

 

  

 

  『貴州旅情』 

       中国貴州省少数民族を訪ねて

      

     

     宮城の団十郎 著 

     近代映画社 1997年11月発行

       ISBN4ー7648−1841−8

 

     

           ≪著者紹介≫宮城の団十郎 

 

        [本名] 吉川 昇 (きっかわ・のぼる)

        本書紹介文の著者プロフィールは左記参照

  

 

  本書の著者名は、宮城の団十郎となっているが、本書の書き出しには「はじめに」として著者のちょっとしたプロフィールが紹介されている。巻末には右記にあるようなプロフィールが掲載されているが、この書き出しではユーモラスな文章で、ヤマハポピュラーソングコンテストの東北大会でグランプリ受賞、全国大会で入賞し、世界歌謡祭に日本代表として出場、そして1976年、ヤマハプロダクションとタレント契約をし芸能界に入ったことが書かれている。吉川(きっかわ)団十郎の名前で、ヒット曲「ああ宮城県」を出し、菅原文太・愛川欽也主演「トラック野郎シリーズ第三弾/望郷一番星」にも、「宮城県」というあだ名のトラック野郎の役で出演している。1年間の芸能界で引退し故郷の宮城県に戻り、陶芸活動を始めながら、右記のように宮城県でいろんな活動に精力的に携わっている著者が、まずは、どうして貴州に惹かれることになったのかが気になるところだ。

 

 「中国貴州省少数民族訪問の旅」を、人生のテーマの一つであると語り、このような『貴州旅情』という本を著し、さらには本書あとがきに記されているように、1995年3月には自主制作で、シングルCD《貴州旅情》を発表(その後、クラウンレコードより発売)するまでに、著者は貴州にはまっている。著者の貴州とのかかわりが何度も旅をしているという以上に、更にもっともっと深いものになっていることは、本書の後半まで読み進むとよくわかる。

 

 著者にとっての最初の貴州訪問は1990年2月末〜3月初。宮城県名取日中友好協会会長からの誘いを受けたものだが、貴州省という名前も初めて耳にした地名ということで、もともと関心を持っていたわけではなかったようだ。一回目の中国の旅は、成田〜上海〜昆明と飛行機を乗り継ぎ、昆明駅から東北の方向に寝台車で12時間乗り、貴州省西部の安順に到着。最初の旅は、安順を起点に貴州省の西南部各地を訪ねる。安順駅を出発し町を離れるにつれ、著者は、車中から眺める風景や道行く人々にすっかり魅了されてしまう。その感動ぶりは、以下のように書かれ、この調子で貴州の魅力を次から次へと語られると、この本の読者の大多数は貴州びいきになり、貴州にすぐにでも行ってみたいと思うようになるに違いない。

   ・・・俺は、40年以上も生きてきて、今までこんな風景に出会ったことがなかった。そして

   今、ここで出会えたことの大いなる喜びを、何と表現すれば良いのか。ただただ、この胸の

   ときめきを指先に託し、カメラのシャッターをメチャクチャに押しまくるよりほかに、術はなか

   った。道行く人の服装はといえば、映画「霊幻童子」の出演者たちのような格好だし、生活

   風景は、我々にとっても昔なつかしいものである。"牛や山羊を追いながら散歩させている

   少年少女” "飲み水を天秤棒にブラ下げ数キロも歩いている人々” 車で走っても走っても

   、次から次へと尽きることのない感動の連射! 俺の目からは、とうとうシャワーのような涙

   が溢れ出るのであった。(もう駄目、メチャメチャにして〜) ・・・

 

 一回目の旅から観光地以外の未開放地区(当時)までと奥地まで入り込み、黒苗族、白苗族、布依族の集落を訪ねている。省都の貴陽から北京に出て北京の有名な観光地を見学するも、「俺には、いずれも感動なし。やっぱり貴州が一番。」 こうして翌1991年2月末〜3月初、2回目の貴州の旅に出かけることになる。2回目は成田〜上海〜貴陽と、飛行機で貴州入り。今度は貴陽を起点に貴州省の東南部各地を訪ねる旅だ。今回も布依族、花苗族と、少数民族の集落を立ち寄っているが、貴州省の最東南部に行き肇興村を訪れている。この地は、広西壮族自治区最北部の三江と並んで、鼓楼や風雨橋の独自の建築物で有名なトン族の集落のあるところだ。メコンプラザのフォトギャラリー:トン族建築物 

 

 第1章のタイトル「出会い」で最初の貴州への旅、第2章が「魅せられて」で貴州再訪の旅、第3章のタイトルが「懲りもせず」とくれば、おのずと内容が推察されよう。1992年2月、またもや貴州への3回目の旅に出かける。3回目の旅は貴州省の西北部探訪だ。本書では著者の手になるイラストや写真も楽しみの一つで、カラー写真も含め、いろんな少数民族や風景の写真が数多く納められている。貴州西北部の納擁県郊外の棚田のカラー写真は特に美しい。また本書には「長角苗族」の女性たちの写真が2枚載っているが、牛の頭をイメージした、その巨大な髪型はとんでもない凄さだ。

 

 この調子で貴州の旅が続き、次は残る貴州省東北部の旅の紹介と思いきや、第3章の終わりで「さあ、これで貴州の旅は終った」と著者が書いている。そして3回目の旅を終え、これまでの3年間の、貴州省旅行記&写真集をまとめ自費出版しようと、原稿を出版社に届けるのであるが、その後に読んだ貴州省に関する新聞記事(貴州のフッ素中毒の記事、貴州のヨード欠乏症の記事)が、著者に大きな衝撃を与える。こうして「何も知らなかった」「貴州の上辺だけを観て帰って来た」として済ませないために、取材のやり直しを決め、貴州訪問を続けていくことになり、貴州省の甲状腺機能低下症の人々への救済運動に取組んでいくことになる。この救済運動に取組むことになる風土病視察などのいきさつや、帰国後の日本での活動の実行展開方法、さらには活動に対する著者自身の考え方などを綴っている箇所も、貴州の旅の魅力とは違うものの、読みごたえがある内容だ。それにしても3回目の旅を終え帰国直後の1993年4月、著者が目にした新聞記事など、非常に小さな目立たぬ記事であったのに、著者が目に留め記事内容を気にしたのは、問題への関心もさることながら、やはり直前に訪問していた一般には殆ど知られていない畢節や織金という貴州の地名が書かれていたことも大きいのではないか。

 

 本書タイトルにもなった『貴州旅情』(作詞・作曲 宮城の団十郎)の詞と楽譜が本書に掲載されているが、この詞が生まれるきっかけが二番の詞に登場する「花摘む乙女」で、4回目の旅で興仁県で出会った「馨ちゃん」という美人の女性だ。この「馨ちゃん」の写真も掲載されているが、左記にある著者のプロフィールの一つに、日中友好倶楽部「馨」(シン)会長とあるが、これもこの女性の名前から採ったものと思われる。貴州のおじさん・おばさん、少年・少女の写真も多いが、この「曽馨」という女性の他に、尖尖苗族(清鎮県)の民族衣装姿の清楚な美人女性の写真もとても素敵だ。


               本書の目次

 

 

    はじめに

 

   第1章 「出会い」

      宮城県名取日中友好協会/発つ/嗚呼!上海/雲南省/石林/雲南省2日目

      安順駅/貴州省紹介/絶景また絶景/黄果樹の大滝/花江鎮のや焼ソバ

      未解放地区/黒苗族・白苗族/万峰林/南龍村布依族/コニカフィルム

      納蝉村布依族/一生に三度だけ/北京へ。そして成田へ

 

   第2章 「魅せられて」

      二度目の貴州/貴州の旅スタート/天主教/石板村布依族/壩固村花苗族

      トイレ事情/花嫁さん/龍灯祭/ただただ走るだけ/皮林村/肇興村侗族

      今日もただただ走るだけ/貴州の空に、月が出た星が出た

 

   第3章 「凝りもせず」

      三度目のフライト/なんとか貴陽へ/長角苗族/小花苗族/草海

      威寧市の朝市/段々畑/対歌/お通夜/歩け歩けどこまでも/好吃?

      手紙/尖尖苗族/さらば貴州

 

   第4章 「貴州旅情」

      みんな生きている/フッ素中毒/水道/かけがえのない水/風土病その二

      とまどい/おみやげ選び/四度目のフライト/貴陽入り

      スタートしたのは良いけれど/狗場郷自由市場/紫雲県招待所/朝食

      洞辺組白苗族/望漠県/馨ちゃん/泥dang石林/馬鈴峡谷/ガジュマルの巨木

      植林をしましょう/風土病視察/河壩村瑶族/友情/名案浮かぶ/誕生日

 

   第5章 「日中友好」

      借金恐い/目標額”百万円”/従江県からの手紙/救済運動/一休禅師

      待ちわびて/カルチャー教室/冬の嵐/最後のフライト/中国貴州省略図

      あとがき