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       第53話  黒いマレビト(3)


柳田国男は各地の伝承を土地の話者から聞いて、過不足なく格調の高い文章で記録した。土俗的な語り物がみずみずしい文学の小品になっていて、読者としてはありがたいことです。しかし南方熊楠は、土地の話者はもっとなまなましい語りをしたはずで、たとえば方言やエロチックな言い回しなども含めて、土地の話者の語りをできるだけそのままに記録すべきではないか、と不満を表しています。柳田国男の態度は、たとえば古代の物語作者に似ています。端的な表現をすれば、「翁、深山に分け入りて、柴木、枯れ枝刈るとかや」という調子ですね。一方、北ラオスのカムー族の村を訪ねて説話・伝承の採取を行なったクリスチナ・リンデルは、村の話者の語りそのままに、たどたどしい英語でそれを記録しました。「じいさんじゃ、...じいさんが山へ行ったのじゃ。そう、山へ柴刈りになあ」という具合です。南方熊楠は英国で学問の基礎を身につけた人でしたから、クリスチナ・リンデルのような態度に賛成し、柳田の態度には違和感を抱いたのでしょう。

さて、國次さんは次のような伝承をメールで送ってくれました。柳田流か、クリスチナ流かはさておき、そのままここに採録します。

大昔、相模湾の清らかな風土を慕って、波静かで松かげの美しい多賀の神台に、この上も無く貴い父子の神様が天から降りてきました。樟ガ洞から流れ出す中川の水を利用して堤を築き、大きな池にして宮殿を池の中の島に作り、四十人の家臣と一緒に豪華な暮らしをしていました。

父神の名を高木の大神、子神の名を(ナギヒコ)と言いました。那木比古は年が若いのにとても賢く、ある日、父の大神は「あの白い雲のはるか先の方まで続きその中には七つの島があるといわれ、お日様も一度には照らせないほど広い」と答えました。那木比古はさらに「七つの島には神々や人々が住んでいますか」と聞き、父の大神は優しく答えて「そこには神々も人々も大勢住んでいるが、悪い神がいて多くの人達を苦しめ、悩ましている」といいました。これを聞いて那木比古は元気に満ちた声で「よし、私はお父上の強い家来をつれて、悪い神々たちを征伐にまいります。ぜひお許しください」と強く頼みました。父の大神は頭を左右に振りながら「那木比古よ、それは勇ましい事だが、山伏峠から箱根や天城の険峻な山を駆け回って、熊や猪を手易く討つ勇気は有っても黒潮逆巻く海の戦いには自信が無い。四十人の強い家来をつれていっても、七つの島を征伐するには七つの海を越えなければならない。まだ海洋に乗り出した事の無い、我等の船では覚束無いのだ...」那木比古は無念そうに大空を仰ぎ大海を見回して「大きな船を作る匠が天から降ってこないかなー」と叫びました。

すると不思議にも海の彼方から「モォー」という異様な叫び声を発して、見た事もない快速船が遥か大島と初島の間から、沖の白波をかきわけて見る見る近づきました。それはとても大きな団平船で、帆に南風をはらんで速力は飛ぶが如く速く船首に房を付けた立派な船でした。父子の神様は夢のように見惚れていると、やがてその団平船は苫田(上多賀戸又)の港に碇を下ろしました。

暫くして、船の中から汐風に吹かれて、黒く光った顔色の翁と、これまた色の白い美少女が珍しい土産物や献上品と家来十人ばかりつれて上陸しました。苫田の漁師はこの一行を生み神様のお使いの方だと敬って、熊ガ峠から青草を刈り取って磯部に布き、その回りにしめ飾りを張って仮座を設け女子の手でご馳走をしました。その時のご馳走は小麦三升三合三勺であったといいます。

翁の名は、美少女の名は波姫といい、その夜は仮殿で盛大な祝宴が催され、翁は海の彼方の様子や七つの島の地形や水路の話を語り、波姫は美声で面白い歌や、手足に金の小鈴をつけた珍しい踊りで色を添えました。折りしも、夏のことで仮殿の垂れ幕は高く掲げられ、灯明はゆらぎ、庭のかがり火は赤々と燃えて水に映り、波姫の姿は天女より美しく見えたのです。