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       第56話  黒いマレビト(6)


説話によれば、遠州灘を通過し西走した後に紀伊水道に入り七つの島を平定したと言います。有力な海人勢力の尾張の国や熊野の国、紀伊の国(この説話がいくぶんかの史実を伝えるものとすればそれらの国名が定められるはるか以前のことであるが)などを平定しつつ出雲の国まで進出したことになります。水先案内人であった美少女ナミヒメを出雲の国の火の神との戦いで失い、熱海の国の海人の西征はここで停止しました。ナギヒコは淋しく凱旋し、美少女ナミヒメを霊を祠を作って祭ったと説話は伝えます。

さてこの説話の登場人物のなまえに注目しましょう。タカキの大神の名前についてはすでに韓国語で読む試みをしました。最大の主人公はナギヒコとナミヒメでしょう。この二人は婚姻の事実こそ説話に現われていませんが、カップルとして扱われていることは名前が示しています。その名前は『古事記』『日本書紀』に見えるイザナギ・イザナミにそっくりですね。「ナギ」と「ナミ」という男女の対偶神のカップルは、おそらく海人族に共通も始祖神だったように思われます。イザナギ・イザナミは決して有名な神ではありませんが、海人族古来の神として、天武天皇は『古事記』『日本書紀』の上に民族の始祖神として位置づけたものと思われます。イザナギ・イザナミの両神は、もし天武天皇が『古事記』『日本書紀』を編纂しなかったならば、ナギヒコ・ナミヒメのように民間の説話にのこされるだけだったかも知れません。ともあれイザナギ・イザナミとナギヒコ・ナミヒメの二つのカップルの間に、本質的な違いはないものと思います。

とはいえ説話に見えるナミヒメはまた矢を手にとって呪文を唱えて花に変えてしまいます。巫女のようなしわざですが、呪文は海人語ではなくインド的なマントラでしょう。また「色の白い美少女」と形容されておりインドの舞踊を踊るが黒いタミル人ではなかったようです。加羅の国の始祖王である首露王に面白い伝説があります。ある日、赤い帆をかけ赤い旗をかかげた船がやってきて、船から下りた姫はアユダ国の王女で名前を許黄玉という、父王の夢のお告げにより加羅の国の王妃になるため、海を越えてやってきた、と首露王に語りました。この加羅の説話で面白いのはアユダ国の王女がインドの名前ではなく中国式の名前で記されていることです。これはちょうど熱海の説話のナミヒメが「波姫」と記されており、インドの名前が見えないのと同じではないでしょうか。加羅の説話のインドの王女が許黄玉という中国式の名前で記されていることから、軽々しくインドの姫ではないと考えてしまっては真実を見失うことでしょう。それはマントラを唱えインドの舞踊を踊る白いインドの姫が「波姫」と記されていることと違うものではありません。許黄玉と記されようが、波姫と記されようがインドの姫には変わりがないと考えるべきでしょう。インドの名前が消えていることについては、なんらかの理由があり、それは類話の研究が広がるとともに自然に見えてくるのではないかと思います。加羅の国はいくつかの都市連合(韓国の学者は大加耶連合と言います)から成立していたとされていますが、タミル語に「カラ」という言葉があり、それには「友情による連合」という意味があります。

タカキの大神の「タカキ」は「タカ来」で、韓国語どタカソ、タカオという「上がる」という意味の動詞に共通する語幹(といっていいのかな)に日本語の来(キ)がついたもので、熱海の国を中心にその地方一体の津々浦々をたばねた海上権力の始祖王としての由来を海人語で示したものでしょう。またナギヒコとナミヒメは、海人族の素朴な始祖神として、仏教伝来、神道成立のはるか以前の、倭国沿岸部さらには韓国沿岸部、東シナ海の島々に展開していた海人族とともに在った対偶神で、たまたま海人文化趣味の強かった天武天皇によって日本神話の始祖神に位置づけられたイザナギとイザナミと本質的には違わないものでした。また特にナミヒメに焦点を当てれば、加羅の国の伝承に似たようなものがあることを指摘しておいてよいと思います。