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              第67話  都牟羽と麻羅


韓国の加羅の地域は、古代の製鉄の中心地で『魏志』東夷伝の弁辰の条には、「韓や倭がこれを取るし、また鉄が通貨として使われている」と書いてあります。この時、流通していた鉄は砂鉄から精錬された鉄板で「ねりかね」と呼ばれたものです。加羅の地域には早ければ紀元前四世紀に製鉄技術が伝わったとされています。

 

南インドの崑崙船は戦国時代の江南地方にしばしばやってきましたから、製鉄技術や刀剣製作技術は南インドから伝わったものでしょう。崑崙船は足の長い外洋船ですから、さらに加羅の地域に来ていたものと思われます。それはインドのアユダ国の姫が加羅の始祖王のところに船で嫁入りしたという伝説にもうかがうことができましょう。別に江南とはかかわりなく、崑崙船でやってきた南インドのタミル人が直接加羅の地域に製鉄技術や刀剣製作技術を伝えたとしてもおかしくありません。また弥生時代の末期すなわち二~三世紀のものとされる環頭大刀は倭国では関東甲信越と山陰に集中して出土しています。

 

前置きが長くなりましたが、『古事記』はスサノオがヤマタノオロチを退治して手に入れた宝剣を「都牟羽」と記し「つむは」と読んでいます。『日本書紀』にはこの言葉はなく、『古事記』の編者は「都牟羽」の語を是非とも遺したかったものと思われます。これについてまじめに取り組んだ人はおそらく韓国の李寧煕ただひとりで、彼女は高句麗語の「チュモ」に刀を意味する「カリ」を合成した「チュモガリ」(王の太刀)ではないかと言いました。『古事記』には「高志のヤマタノオロチ」と出ていますから、高志の王の太刀のことでしょう。さらに彼女の見方を進めれば高句麗王から高志の王に贈られた太刀だったかもしれません。しかし「都牟羽」の漢字をよくよくみますと、「つむは」という振り仮名は「チュモガリ」よりもむしろ「トゥムワ」と読めるのではないでしょうか。タミル語にトゥンム(光・熱などを放射する)、ヴァール(輝き)という言葉があって、トゥンムヴァール(TummuVaal)を音写したのが「都牟羽」であり、タミル語のヴァール(Vaal)にはまた刀という意味もあります。トゥンムヴァールの綴りを耳で聞けば「トゥムワ」に近くなります。「都牟羽」とは「放射する輝き」トゥンムヴァールという名を持つ刀であって、崑崙船により高志の王に贈られた太刀ではないかとタミル語狂いの仙人には思われるのですが。

 

また『古事記』にはアマテラスが岩戸に隠れたとき、鉄で鏡を作ったことが記されてあり、そのとき製鉄技術者として「天津麻羅」が招かれ高天原の神に鏡の作り方を指導しています。「天津麻羅」にはアマテラスを中心とする高天原の神々とは異質のすぐれた技術を持つ民族の匂いがぷんぷんしています。『日本書紀』では「天糠戸者」と記され「アマノアラトノカミ」と読まれています。アラトは俗に荒砥と解されていますが、そうではなく「安羅人(アラト)」と読むべきでしょう。後世に漢人(あやひと)として呼ばれる人たちの仲間です。安羅の国に住む先進技術を持った人たちのことです。「天津麻羅」の麻羅は、ほとんどマラすなわち「魔羅」として解されてきましたが、これはタミル語のマラル(Malar=刀の握りの頭)ではないでしょうか。倭国をはじめ新羅や加羅でも刀の握り部分の頭が丸い環状になっている環頭大刀が出土しています。丹後国の湯船坂古墳から出た大刀の環頭(Malar)は金銅製で千数百年を超えてなおきらびやかです。「天津麻羅」とは、この環頭(Malar)の語を借りて安羅の鍛人のことを詩的に表現したもののように僕には思われます。

 

倭国にとって鉄は明らかに外来の物です。金属を表す倭語の「かね」に対して鉱物を表すタミル語の「カニ」があります。『古事記』の「天津麻羅」が登場するくだりには「天の金山(かなやま)の鉄(まがね)を取りて」と記されており、タミル語の「カニ」が倭語にとけこんでいますね。またアイヌ語では「カニ」として原型のままで残りました。倭語のこがね(黄金)はアイヌ語のコンカニ、しろがね(白銀)はシロカニと、タミル語の「カニ」を使って類別しています。韓国では鉄を「セ」と言いますが、しかし韓国語にケナリ(金の鈴)という言葉が残っています。タミル語の「カニ」が「ケナ」の部分に訛って含まれる言葉とは言えないでしょうか。