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関連テーマの有用参考情報
■阿波丸事件殉難者之碑 (東京都港区芝の増上寺)
 
・阿波丸事件殉難者之碑
阿波丸は第二次世界大戦も終りに近い昭和二十年四月一日夜半台湾海峡で米国潜水艦クイン・フィシュ号に不法撃沈された。同船は連合国側の要請に応じ日本軍占領の南方諸地域に抑留されている捕虜および民間人に対する救恤の輸送に當っていた。国際法でその安全が保障されていたにもかかわらず、この悪魔のような所業により遭難者の数は二千有餘名、世界史上最大の海難事故となった。
加害者に対する責任の追求や賠償交渉も進まないうち、同年8月わが国は無条件降伏し、軍政下の日本政府はなぜか事件の真相を究明せず、米国に対する賠償請求権を国会の決議として放棄した。
いまや平和の時代となり、経済は復興したが戦争の悲惨と虚しさは私たちの胸を去らず、帰らぬ人のことを思ひ続け悲しみを懐いて三十餘年、事件の謎は今なほ解けず、船体の引揚げ遺骨の拾集も実行に移されないままである。
三十三回忌に當り、悲憂を文に記し世に訴へるとともに、法要の心とするものである。
昭和五十二年四月一日
阿波丸事件犠牲者 遺族一同

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碑
昭和五十二年十月一日
青木一男 書 |
この慰霊碑は犠牲者の遺族をはじめ、故人がもと所属していた団体及先輩、友人、知己並びに親戚等の、多大な協力を仰ぎ、完成したものである |

犠牲者等の遺骨は中国の手により引揚げられ、日本政府派遣の遺骨受領訪中団に引渡された。阿波丸遺族会代表はこれに参加し、かつ分骨をうけ、納骨法要を営んだ。遺骨の拾集は遺族の三十五年の永きに渉る悲願であり、これが実現に盡力された中国の関係者に対し、衷心より感謝をおくる。
昭和五十四年七月五日 納骨
昭和五十五年四月一日 納骨
昭和五十六年五月二十九日 納骨
阿波丸遺族会


●阿波丸関係ニュース (新華社発情報)第2次大戦中行方不明になった北京原人頭蓋骨捜索のために、1945年4月に沈没した阿波丸を来年引き揚げる計画が進んでいる。 ⇒2004年10月10日付の讀賣新聞掲載記事

■「阿波丸事件」に触れている書籍
・「ビルマ脱出記」
(田村正太郎著、図書出版社)
「運命の阿波丸」 86〜97頁

・「カンボジア綺譚」
三宅一郎 著、作品社
本書自体は、戦時中プノンペン領事館員であった著者
による、カンボジアの民間信仰や神話伝説をモチーフと
したファンタスティックな物語であるが、「うらばなし」とし
て付されている別冊子に、著者・三宅一郎氏と阿波丸
との関係や写真が掲載されている。
北京大使館からプノンペン領事館へ転勤の辞令を受け
た三宅一郎氏は、阿波丸に乗ってサイゴンで下船。
阿波丸船上でモーニング姿の三宅一郎氏の写真が掲
載されているが、その事情は;
マカオの福井保光副領事が公園で中国人に狙撃され
て死亡し、その遺骨を香港で受領するために儀典課の
人たちが阿波丸に乗船しており、三宅一郎氏もその遺
骨受領式に参列したため。儀典課員たちも、遺骨と一緒
に海に沈んでしまうことになる。
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