一ノ瀬泰造氏行方不明後の新聞報道

 

       毎日新聞  1980年(昭和55年)1月31日 土曜日      社会(18)

新聞  1980年(昭和55年)1月31日 土曜日      社会(18)

 「ポル・ポト一派に殺された」

 

         失踪の一ノ瀬カメラマン

         親交のあった現地人証言

 

 

 

 【プノンペン28日=延着=日本電波ニュース】

 

  カンボジアのロン・ノル政権が米国の支援を得てポル・ポト勢力と戦っていた当時の73年秋、

  プノンペンからポル・ポト勢力支配下のアンコール地区に入って消息を絶っていたフリーカメ

  ラマン、一ノ瀬泰造氏(写真・当時26歳)が「米帝国主義・CIAのスパイということでポル・ポト

  一派によって殺害されていた」という証言者が現れた。

 

  記者(日本電波ニュース吉永和夫特派員)は、13,14日の両日、アンコール遺跡に近いシ

  エムレアプ市で一ノ瀬氏と親交のあったハオ・ソッタ氏(当時プノンペンでカンボジア旅行案内

  所に勤務、現在シエムレアプ省旅行案内所勤務)とロン・サバンさん(当時シエムレアプ省旅

  行案内所に勤務、現在シエムレアプ省のホテル勤務)に会って話を聞いた。

 

  ロン・サバンさんは「生前、一ノ瀬さんが何度も来て、アンコールに入りたいと打診していた。

  私は危険だと言って止めたのだが、ある日(73年秋)一人でアンコールに行ってしまった。農

  民の話によると、一ノ瀬さんはアンコールに入ってすぐに捕まり10日から14日後に、シエム

  レアプ市から14キロほど北東のプラダックという部落のはずれで、CIAのスパイということで

  ポル・ポト一派によって殺された」と語った。

 

  またハオ・ソッタ氏とロン・サバンさんは「プラダックという村落ではほとんどの元住民がポル・

  ポト一派に殺されたが、一ノ瀬さんが殺されたところを目撃しているという住民が生き残って

  いるらしい」とも語った。

 

       毎日新聞  1982年(昭和57年)3月13日 土曜日      総合(3)

 

 

 「一ノ瀬カメラマン無言で故国に」

 

         両親涙の出迎え

 

 

  9年前、戦火のカンボジアを取材中、行方不明になり、このほど現地を訪れた両親の手で死

  亡が確認されたフリーカメラマン、一ノ瀬泰造さん=当時26歳、佐賀県出身=の遺骨が12

  日夜、成田着のタイ航空機で帰国した。

 

  一ノ瀬さんは(昭和)48年秋、カンボジア内戦を取材するため同国に入り、アンコール・ワット

  に向かったまま行方を絶っていた。両親の清二さん(66)と信子さん(59)=佐賀県武雄市

  武雄町=は今年1月「一人息子の最後を知りたい」と現地を訪れ、目撃者の証言で埋葬地

  を掘ったところ、頭の骨などが見つかった。遺骨持ち出しのカンボジア政府の許可がすぐに

  出なかったため、両親は2月初め、一足先に帰国した。

 

  この日、両親と同行取材していた日本電波ニュース社の宇崎真さん(38)が遺骨を持ち帰っ

  た。空港まで出迎えた両親は「遠い異国の地で長い間さびしかっただろう。郷里に帰ってから

  葬式をしてやります」と涙を流していた。

 

    《写真》: 帰って来た一ノ瀬さんの遺骨を手に涙する両親

                      (成田空港で12日午後6時半)