タイ国軍がクーデター 戒厳令布告、首相も拘禁
【バンコク23日=宇佐波雄策、脇阪紀行】チャチャイ政権に不満を持つタイの軍部は23日、
クーデターを決行し、午後3時前、スントーン国軍最高司令官が全テレビ局を通じて「陸、海、空
の3軍は本日午前11時半、政権を完全掌握した」と発表した。また、自ら国家治安評議会の議
長に、また実質的陸軍の最高実力者とされるスチンダ陸軍司令官が副議長に就任したことを宣
言した。さらに同日夕、タイ全土に戒厳令を敷く一方、立憲君主制は護持すると告げ、国民や軍
部隊に平静を呼びかけた。
タイ軍部は23日正午前、バンコク市内にあるチャンネル9など国営テレビ3局と国営ラジオ局
などを占拠した。スントーン国軍最高司令官は同日夕、テレビを通じ、戒厳令のほか、憲法の停
止、国会と内閣の無効を布告し、5人以上の政治目的の集会を禁止した。また国営のラジオ、テ
レビ放送はすべて独自番組の放送を禁止され、軍の放送を流すことだけが許され、新聞も検閲
が必要になった。
また軍部筋によれば、この日午前、チェンマイの離宮にプミポン国王に会いに行く途中のチャ
チャイ首相とアティット副首相が乗った軍用輸送機が同乗していた軍人によって強制着陸させ
られ、2人は国軍最高司令部に身柄を置かれている。
陸軍のテレビ局チャンネル5の周囲には2台の装甲車、他の局の周辺にも装甲車や軍用車が
出動し、完全武装の兵士らが機関銃を備え付けるなど緊迫している。
タイのクーデター 軍、地位低下に焦り 政党重視の首相に反発
【解説】23日起きたタイ・クーデターの背景にあるのは、タイ政治における軍部の役割の相対的
低下であり、それに対する軍部のいらだちといってよい。
1985年9月のクーデターを未遂に終わらせたプレム前首相は、唯一最大の圧力団体だった
軍部の突出を抑え、軍部、政党、王室というタイ政治の3大勢力の微妙な均衡のうえに政治を運
営した。
初の民選首相としてあとを継いだチャチャイ首相は、政党重視の姿勢を強め、軍部は不満を高
めていた。
とりわけ、陸軍司令官から副首相兼国防相として入閣したチャワリット将軍が、閣内の対立から
昨年(1990年)6月に辞任して以来、チャチャイ首相と軍部の関係は急速に険悪化。チャワリット
辞任の当日には、バンコクの歩兵連隊本部に陸軍兵士千人以上が集結して示威行動をとる騒ぎ
もあった。
今回クーデターの中心は、スチンダ陸軍司令官らタイ陸軍士官学校の5期生とみられている。
このグループはチャワリット将軍の子飼いであり、タイ陸軍首脳部をほぼ独占。軍内部の権力闘
争などで、将軍と密接につながってきたことで知られる。
タイ経済の繁栄は外国投資を抜きにしては考えられない。あえて今回、実力行使に踏み切った
ことは、軍部の地盤沈下に対する危機感が予想以上に進行していたことを示している。
(バンコク 増子義孝)