シェンクアンからの手紙

         ラオス・シェンクアン県ポンサワン在住の村山明雄さんのお便り紹介

                             

  筆者紹介

 村山明雄さん

 (むらやま・あきお)

 

 

 シェンクアン県ポンサワンで、地下水開発エンジニアとして、国連関連の仕事に従事。奥さんが、ラオス生まれの客家とベトナム人のハーフ
            
           

 バックナンバー

 

 第1信

  「シェンクアンからの

  ご挨拶」

 

 ・第2信

  「ラオス正月

    2002年4月」

 

 ・第3信

  「ポンサワンより

    2002年5月」

 

 ・第4信

  「挨拶にまつわる

     私の失敗談」

 

  ■ 第4信     挨拶にまつわる私の失敗談   

   

              2002年7月2日

              国連ボランティア 地下水開発エンジニア

              村山明雄

   皆さんお元気ですか。
    ポンサワンは毎日雨が降っています。
    本当によく降ります。
    いつも思っていたこと書いてみました。
    皆さんの感想聞かせてくれたらいいですね。


    私の大失敗


    シェンクアンに来てまだ1ヶ月位だったか。
   市場を歩いていたら、ポンサワンの市場の正面にあるいつも愛想の

   いいお姉ちゃんのいる文房具屋からいきなり痩せた男が飛び出して

   来てパクセ弁で「オー何買うんだ」とからんできた。シェンクアンは北

   のアクセントでラオス南部のようなきつい言い方ではない。


    これは南部のパクセから来た不良がからんできたと思ってそのまま

   無視して歩いていった。それからしばらくし何日かしてまた、その文房

   具屋の前を通りかかったら例の男が出てきて、例の南部のおっかない
   アクセントでまた絡んできたので、これも無視して逃げてきた。

    その文房具屋は愛想がよくて「アイ・スーニャン?」(御兄さん何買い

   ますか?)なんて甘い声で言われると思わず何も買いたいものがない

   のに買ってしまう。

    その後、事務所でその話しをコーディネーターのラオス人の同僚に話

   したらなんとそのおっかない男は、私と同じプロジェクトの監査主任だ

   ったのである。そして愛想のいい姉ちゃんは彼の奥さんだったのである。
   そして私は以前一度、彼と現場の竣工検査に行く時同じ車に同乗して

   いたのである。

    彼からみたら、一緒に現場に行ったことのある日本人のボランティアだ

   からよく覚えている。町で彼の嫁さんがやっている文房具屋にその日本

   人が通りかかったのだから、がらは悪いが声をかけたのは当然である。

   (これはラオスでは当然のマナーである)

    それを2回も無視してして通り過ぎたものだから、彼は非常に気分を

   害した。その次に、彼は職場の私の部屋に用事があって来た。その時

   に私の同僚であるコーディネーターに「明雄はキクイだ」と罵った。この

   ラオス語のキクイは、「お高くとまっている」「プライドが高くて下の人に

   は目もかけない」という意味である。

    実際、その竣工検査の後、ラオラオを飲まされて正体不明になって

   彼の顔はよく覚えていなかったのである。そしてまさかあの愛想のいい

   姉ちゃんの旦那とは思ってもみなかったのである。

    その時私はとにかく一生懸命弁解して謝った。その後2週間くらいし

   て偶然に食堂で会った。彼は職場の同僚を連れて昼真から酒を飲んで

   いた。そして酒をすすめてくれた。この酒は断れない。酒を一緒に飲ん

   で、正体不明になるまで飲んで仲良くなった。過去の事はボーペンニャ

   ンになった。私は泥酔して気がついたら自分の家のベットの上であった。

   そして人間関係が壊れなくて良かったと思った。

    やはり人が挨拶しているのに無視してはいけない。どこであったか忘

   れた人に対してでも向こうから声をかけてくれたら、きちんと挨拶しなく

   てはいけないと思った。ラオスの場合は知らない人が声をかけてきて

   騙したり、どこかに誘拐するということはほとんど100%ないといっても

   いいと思う。したがってこちらが忘れていても向こうから声をかけてくれ

   ば、これは以前にどこかであった人である。


    途上国を旅行する場合は知らない人を信用するな、などということが頭

   の中にインプットされているのであろう。そういう人がラオスに来ると戸

   惑うかもしれない。


    次にラオス人の挨拶である。ワイをすることはタイ人ほどではないが、

   もしワイをされたらこちらもすぐにワイをすること。

     これも私の失敗談である。パーティーに行ったときのことである。
    タイ人でラオス人と結婚した人にワイをされたのだが、日本人的にちょ

    っと首を下げただけですませた。それを見ていた妻に後で怒られた。

    こういった場合はちゃんとワイをしかえさなければいけないとのこと。


     日本人的にちょっと首を下げた位ではちゃんと挨拶したことにはなら

    ない。妻としては夫のマナーが悪いと自分もつらいので注意してくれた

    のだ。ただ日本人でもこのことがわかってない人が多いと思う。適当に

    日本風にちょっと頭を下げるだけで終わらしてはいけない。

     以前、神奈川県にあるインドシナ難民の定住センターで働いていた

    ことがある。やめた後(正確にいえば首になったあと)久しぶりにセン

    ターに遊びに行った時のことである。


     会ったこともないカンボジア人が「こんにちは」というので、私に言って

    るのではなくて他の人かなと思ってやり過ごしていた。するとそのカンボ

    ジア人を雇っている会社の社長さんが「貴方はカンボジア人が挨拶して

    いるのに、何で挨拶できないのか」と怒られた。そして「どこの人間だ」

    といわれたので、「以前定住センターで非常勤で働いていました」と答

    えるとまた怒られた。「センターで働いたことのある人ならなおさらだ、

    遠くインドシナから難民で来て日本に慣れようと思って、日本語で挨拶

    しているのにそれを無視するなんてなんたることだ」何も言い返す言葉

    がなかった。

     というわけでセンターの件は20年以上の前だけど、私はあれから

    人間的にも全然成長していないのかもしれない。また会った人もあま

    りよく覚えていなくて、去年、日本人の女性にすでに3回も会っていた

    のに初めましてなんて言って怒られた。ごめんなさい。

     ラオスの場合は向こうは外人で日本人だから覚えているけれどこっ

    ちは覚えていないケースが多い。12年ラオスにいるがこのごろやっと

    こういうケースの対応の仕方がわかってきた。やはり異文化に慣れる

    のは最低でも10年は必要である。

     これだけ自分の恥を書いたのだから、今度は他人のことも書こう。
     協力隊でラオスの土質試験室にいたときのことである。
     日本人のエンジニアが来た。ちょうど彼が私のラオス人の上司と

    英語で話ししていたところを私が通りかかったので、上司が英語で彼

    に私のことを紹介した。紹介されたので私は日本語で挨拶したのだ

    が、当のエンジニア氏は返事もしてくれない。私は非常に不愉快だっ

    た。

     その後、エンジニア氏は私が日本人であることに気がついて、謝り

    に来た。その時に言ったのが「ラオス人だと思ったので」というとラオ

    ス人が挨拶しているのなら無視していいのかな、と思いまた腹が立

    った。

     それとラオス人だと思って「サバイディー」って挨拶したら日本人だっ

    たので「ごめんなさい」なんて謝る人がいるのもおかしいと思う。
     なんかラオス人を馬鹿にしているような気がしいているように思う。


     色々書いたが本当に挨拶って簡単なようで一番難しいと思う。
     娘にはお父さんみたいにならないで、どこでも人に会ったらきちんと

    挨拶のできる人間になってもらいたいと思っている。
     学校の勉強も大事だけどこのほうがもっと大切な気がする。

     それでは皆様お元気で。


                              村山明雄

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