メコン圏と日本(地域・人)との繋がりを辿る

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        第20回 ヒョウタン


ラオス人の伝承では、ラオス人は、瓢箪の中からぞろぞろと発生したと言われている。いろんなストーリーがあって内容に多少の違いがあるが、瓢箪から多くの人が生まれ出るところは同じで、ラオス人の民族起源・伝承では瓢箪が非常に重要な役割を持っている。

 たとえば、『Kingdom of Laos』(France Aisa,1959年)では、以下のように伝えている。天にいる神の王バニャテーンが、地の王に水牛を贈り、水牛の助けを借りて水田を作り始めていたが、3年後にその水牛は死んでしまう。するとその鼻の孔から一本の蔓が伸びてきて、3つの瓢箪をつけ、その実は途方もなく大きくなった。そのうちにその瓢箪の中から大きな物音が聞こえ、地の王が真っ赤に焼いた鉄を瓢箪に突き刺して穴を開けると、人間があふれ出てきた。人間が余りに多いため、出口が狭すぎると思った王は、のみで新しい出口を開けた。これがラオス人の二民族の起源で、鉄で開けられた穴から出てきた人たちがカーで、肌の色は浅黒く髪をゆっている。のみで開けた穴から出てきた人たちは、タイ族(ラオ族)で、色白であり、短髪にしている。

 

 瓢箪(ひょうたん)そのものには、①ウリ科の蔓性1年草でユウガオの変種 ②その熟した果実の種子を取り去って乾燥させて作った酒などを入れる容器、ひさご、の2つの意味がある。日本でもおなじみのように、ひょうたんは、古来より縁起のよいものとされている。瓢の音をとって3つ揃えば三拍(瓢)子そろって縁起がよいとか、6つ揃えば無病(六瓢)息災といわれて重宝がられてきた。戦勝のたびに馬印の瓢箪を増やしていった豊臣秀吉の千成瓢箪も有名である。

 友人の江口久雄氏から聞いた話では、瓢箪は古事記やジンポー族民族故事にも登場してくるとのことである。ジンポー族は、雲南省西南部の徳宏タイ族ジンポー族自治州やミャンマー・カチン州に多く住む民族であるが、このジンポー族の伝承には、金の瓢箪が出てきて、日本の打ち出の小槌のように、望みの物を出してくれる。古事記では、神功皇后が新羅の国に渡るとき、木を焼いた灰を瓢箪に詰めて海に投げ入れ海神を鎮めている。

 『照葉樹林文化』(上山春平著、中公新書)でも瓢箪に言及しており、瓢箪はかなり古くから日本に入っていたことが発掘で明らかになっており、一番古いものは縄文後期とされている。野菜として食べる場合と器としての使用であったが、雲南省やタイ高地の少数民族は楽器としても利用していると紹介されている。

 ちなみにタイでは瓢箪をナムタオといい、同様に若果を食べ、熟しきったものは容器にしている。知人のタイ人に瓢箪の神秘的な力に関する伝承があるか聞いてみたことがあるが、「ナムタオ・プー・プラー」で祈ることがあるという。何の事かと思えば、博打好きの彼のこと、瓢箪、蟹、魚、虎、鶏、海老の絵を6面に描いたサイコロ遊びの事であった。タイ人の間で広まっているが中国人がタイに持ち込んだのではないかとタイ人の彼は語ったが、その起源やなぜ瓢箪を含めたその6種が選ばれているのかは興味深い。