メコン圏と日本(地域・人)との繋がりを辿る

           ー メコン圏に関わる日本人歴史人物−

 

 

 

 ■メコンプラザ情報DB:

 

 「呂宋助左衛門」

 

 

 

         呂宋助左衛門とカンボジア

 

 

 1978年、市川染五郎(現、松本幸四郎)が主役を演じたNHK大河ドラマ「黄金の日日」は、城山三郎氏の原作で、歴史上、名前は大変良く知られているがその素性と経歴のほとんどがわかっていない謎の豪商・呂宋助左衛門を主人公に描いたドラマであった。彼は早くも天正年間(1573〜1591)からフィリピンやインドシナ方面に出かけ海外貿易に乗り出していたらしいが、助左衛門を一躍有名にしたのはルソン壺の輸入であった。本姓納屋・納屋、または魚屋とも書くが、ルソン壺の輸入で名をあげ大儲けし、世に「呂宋(ルソン)助左衛門」といわれるようになった。この名からフィリピンとの強い関係イメージが定着しているように思えるが、呂宋助左衛門は、晩年日本を脱出し、カンボジアに渡り、カンボジアの日本人町で過ごしたといわれている。

 

 呂宋ともいわれ、小琉球ともいわれたフィリピンに、助左衛門は、1593年(文禄2年)、スペイン治下のルソンに渡り、1594年(文禄3年)7月帰国。当時堺の代官をしていた石田正澄(石田三成の兄)の手を経て、ルソンより持ち帰った生きた麝香獣2匹、壺(ルソンの壺)50個、唐傘、香料、蝋燭などを持ち帰って豊臣秀吉に献上。『太閤記』によると、この壺をみて秀吉は大変機嫌が良く、これを大阪城西の丸の大広間に陳列し、上中下の三級にわけてその値段をつけ、希望者に分け与えると言うと、諸大名が争ってこれを買い求め、これによって助左衛門は、一躍名をあげ、有数の富商にのちあがった。

 

 ところが、やがて、そのあまりに傍若無人な豪奢ぶりを豊臣秀吉に憎まれることになる。助左衛門は莫大な財産をもちその生活は奢りをきわめたという。堺の戎町の邸には、その居室に七宝をちりばめ、庭園には珍奇な花卉を植え、当時の最高の画家の狩野永徳の筆になる丹精をこらした襖絵で飾った。豊臣秀吉に睨まれるとその権威に屈せず、その壮麗な邸宅や財産を菩提寺の大安寺に寄進し、海外へ脱出する。その行き先は、カンボジアで、カンボジアに亡命した助左衛門は、カンボジア国王の信任をえて、1607年(慶長12年)には、日本から渡航する貿易商人を管理する元締の地位を与えられたといわれる。 

 

 カンボジアにあったオランダ商館の記録などによると、朱印船貿易時代にあったプノンペンとピニャールの日本人町に住んでいた日本人は3百〜4百人ともいわれ、ピニャールは、プノンペンの北約25キロで、メコン河の支流トンレサップ川西岸沿いの港町で、17世紀前半から19世紀後半にかけ、当時の都ウドンの水運の玄関として栄えた。

 

 一方、スペイン勢力の後退によって日本の朱印船交易がカンボジアで盛んになる前の、16世紀末から17世紀初にかけてのカンボジア情勢については、隣国アユタヤ王国との戦いやマニラを拠点としたスペイン勢力の干渉などで国情は混乱を極めていた。ビルマを撃破しアユタヤ朝を再興し1590年にアユタヤ国王に即位したナレスアン王(在位1590〜1605年)は、1591年と1593年、カンボジアに進撃する。1594年、アユタヤ軍の侵略をうけたカンボジアの都ロベック(Lovec)は陥落し、多くのクメール王家が住民たちとアユタヤに連行されたが、カンボジア王サッタ(Sattha)はヴィエンチャンに逃亡する。

 

 アユタヤからの進撃を前に、カンボジア王はマニラ総督に使節を送りスペインの軍事支援を依頼。マニラのスペイン人は、艦隊をひきいてカンボジアに進撃、ラオス亡命でSattha王不在時にタイ司令官から都を奪回し王位を簒奪したカンボジア王家の王子(Chung-Prey)を殺したが、これはカンボジア人の反感を買ってスペイン勢力は敗退した。1598年、スペイン勢力はふたたび新王の擁立をはかってプノンペン宮廷のマレー人やチャム人傭兵の反発を買い、スペイン勢力が擁立した新王やスペイン人たちは皆殺しにされてしまった。

 

 こうした政治的混乱により、アユタヤ王国のナレスアン王は、Sattha王の息子であるソヨポー(Soryopor)王子を1603年カンボジア王に任命(王としての正式任命は1613年)、ソヨポー王の後を継いだチェッタ王(在位1618〜1628年)が王都をウドンに移している。尚、呂宋助左衛門がカンボジアに渡ったのを、日本を脱出して最初からカンボジアに向ったのではなく、上記のスペイン勢力のカンボジア介入の時に、ルソンからカンボジアに渡ったと見る説もある。

 

      

  主たる参考引用文献:

      『図説 呂宋助左衛門』 

      『History of Thailand & Cambodia』