フォトジャーナル  文・写真:youme    「CAMBO.DEAR(親愛なるカンボジア) 本文へジャンプ
        

           第12回 『描きたい衝動』に突き動かされ・・・

              Outsider Artist  チャー・ピエッサ

   

 前回のフォトジャーナルで、「プノンペン滞在中に出会った魅力的な人々は、おいおいこのジャーナルでご紹介するとして…」と書いたが、今回はその中の一人、アーティストのチャー・ピエッサをご紹介したいと思う。


 以前、ご紹介したカンボジア人画家スバイ・ケン氏とも繋がっている人物である。



 チャー・ピエッサの事は友人のアメリカ人画家モリー・マッキニー(奇しくも彼女の事もこのジャーナルで書いている)から何度も話を聞いていた。アメリカのロードアイランドで開催されたThe Spirit of Cambodia....a tributeで展示するカンボジア人作家の作品を集めるのが彼女の仕事でもあったからだった。


(写真) The Spirit of Cambodia....a tributeのパンフレット

 彼女からもらった展示パンフレットに掲載されていた彼の作品を見て非常に興味を抱いていたので、いつかは会ってみたいと思っていた。


 プノンペン市内のギャラリーでチャー・ピエッサとスヴァイ・ケン氏との共同展をしていると、バンコックに立ち寄った彼女から聞いていたので、プノンペンに到着して間もなくギャラリーを訪問した。


(写真) Java Galleryで開催されたスヴァイ・ケン氏との共同展。

彼らの展示はoursiderARTプロジェクトが企画したもので、outsiderがよそ者を指す様に、カンボジアの地元の人々にはなかなか理解してもらえない作風で、町のみやげ物屋では決して見かける事のない(プノンペンのみやげ物屋さんには沢山絵画も売っている)、だけれども、受け取る側の特定の目には別嬪に映る作風。作家が芸術を教育として学んだ背景を持っている訳でなく、どこか有名な美術館で個展を開ける程広く人々に認知された作家でもない。『描きたい衝動』に突き動かされ、それだけを頼りに表現を続けるアーティストが彼等Outsider Artistである。


(写真) チャー・ピエッサ。非常に小柄で少年の様な人…と言うのが第一印象であった。

 チャー・ピエッサ。現在34歳。画家、詩人、舞踏家であり社会開発活動家。非常に小柄で少年の様な人…と言うのが第一印象であった。

父親はロン・ノル将軍の兵隊として戦死。

 母親は、ポルポト政権崩壊後、難民キャンプからアメリカに渡る決断をした子どもたちの説得を押し切ってカンボジアに残る道を選んだ。兄弟に従ってアメリカに渡った彼は、その後、カンボジアに残した生き別れになった母を思って、数十ページに渡る詩を書いている。

"A Letter to My Mother"(『母への手紙』)と題した詩は、"Children of Cambodia's Killing Fields: Memoirs of Survivors" compiled by Dith Pran and edited by Kim DePaul (Yale University Press, 1997)に掲載されている。不運にも、生き別れになった母親の死の報せが、その後、アメリカに届けられた。

 (写真) スタジオで見せてもらった新しい作品の一つ。

 彼が創作活動のテーマとして掲げている"Universal suffering"(普遍の苦悩)について尋ねてみた。

「他の人の痛みを知る事が自分の痛みであり、自分の経験からくる痛みだけが痛みではない。アメリカに渡ってからは、何故自分が生き残り、他の人が死んでいったのか?自分自身が誰でどこから来たのか?自分が属する世界の意味を探す事が自分自身にとって『教育』を意味したし、現在も他の人々との繋がりから、自分の世界を見つめ直す事がある。個人として独立した表現者である以上、この独自の創造力が自分自身であるけれど、個々のユニークな哲学を押し付ける必要はない。自分が存在する世界を『描く事』『書くこと』『他の人に話すこと』によって表現しているが、カンボジアに暮らす市民の姿、貧しい人々、人々の視界にさえ映らない人、社会の影で生きる人、すなわち、自分の絵画に描かれている人々は、この国のあらゆる所で見られる人々である。そうして、自分の力では、決して完璧には描ききれない肖像…、自分の作品はそういう作品だ」と言う。

 アメリカに渡ってから、そうして今も、ずーっと自分自身の中にある疑問への答えを探し続け、心の中を旅している芸術家である。

 現在はプノンペンに滞在し、創作活動の傍ら、様々なコミュニティのあり方を提言している。

 我々日本人へのメッセージは何かありますか?と尋ねた所、


「日本はあらゆる部分でカンボジアに貢献してくれていて、カンボジア政府も経済的発展だけでなく、芸術分野の発展にも力を入れて行く事になるでしょう。1994年に初めて訪れた時から比べると、随分と進歩しました。この国の再興の為に、文化面にも日本とカンボジアの橋がかかるといいと感じています。」と言っていた。

 彼とは縁があって、エイズプロジェクトに対して詩を書いてもらう事になった。

 カンボジアに残った兄弟の一人がエイズで亡くなったのだと言っていた。

 十数篇書いてくれた詩の中から、その一つを最後にご紹介したい(英語詩)。

  This body is only temporary,

  a shell, a borrowed ship, a vessel leaving.

  It can sink anytime, any moment.

  I can’t see into the future,

  what obstacles I must endure, what chances I should take,

  what war I have to fight for my life.

  AIDS is now a war I face. I am losing, afraid and lonely.

  Who can help me? Who cares?

  Am I an island in the middle of a sea?

  Why do I hear voices of my children asking me to stay?

  Are they crying at my funeral?

  Don’t leave, they say. We are too young.

  Oh, hunger I cannot eat. Oh, life I feel like dying.

  What is happening to me?

  How did AIDS come into my body?

  I don’t want to know. I just want it to go away.

  I want everything to return to normal.

  Tell me this is only a bad dream.

                 ©Chath Piersath

写真と文: youme.