ラオスに長くこだわりつづけ、『ラオスの民話』や『地球の歩き方フロンティア・ラオス』の執筆でも知られる前田初江氏(旧姓・久保田)は、1946年、静岡県生まれで、ラオスとのかかわりは1969年から2年間ラオスに海外青年協力隊員として派遣されたことに始まる。
海外に出たいという気持ちからモロッコでも行きたいと思っていた前田さんであったが、ラオスに派遣されることになった前田さんは、ラオスでは、家政一般として、ラオス文部省管轄の家政学校をベースに、生け花、手芸など日本文化を紹介する活動に従事した。海外青年協力隊の任務終了後帰国し、日本でラオス語の講師をしたが、その後アメリカに渡る。しかし余りにも合理的、機能的な社会に違和感を感じ、血が逆流するような思いであったという。そしてあてもないまま1974年再びラオスの地に舞い戻った。幸い、日本人子弟相手の日本語補修校での職が見つかり、1975年12月のラオス内戦終結を当地で迎えることになる。
1976年再び日本に帰国。しかし日本に帰ってみたら、両国のギャップにショックを受け、またまたあてもないまま、ラオスを紹介するために筆をとらずにはいられなかった。これも運良く、時事出版社から1977年に、最初の著作として『遥かなるラオス』が出版されることとなった。1988年には、日本国際ボランティア(JVC)としてラオスに赴任し、その後もラオスを紹介しラオスにかかわりつづけておられる。
ラオスについては、ラオス人はユーモアを解しとても愛らしいと語り、また社会の広さが手ごろで余裕があるからだと思うが、視野が広く大陸的と感じるとその魅力を語っている。ラオスの人の魅力以外に、特に織物の良さにも魅せられているとのこと。ラオスに旅し何にも見るところの無いつまらないところと語る人に対しては、一体ラオスに何を求めているのか、どうして何も感じないのだろうと、大変温和な前田さんも多少手厳しい。
ご主人のお仕事の関係で、各地に住まわれてもいたが、ラオスへの想いはつきず、国際協力事業団(JICA)のシニアボランティアに応募し、1999年4月よりラオスに赴任され、青少年活動に携わっておられる。また10年来こつこつととりくんでこられてたラオス文学の翻訳の一部が、ラオス在住の日本女性の読書会の支援もあり、このほど『ブンタノーン・ソムサイポン短編集』としてラオスで出版された。13の短篇小説(日本語訳)を収めたものであるが、どれもラオスに住む普通の人々のいろんな暮らしや感じ方などが生き生きと描かれ、新鮮で親しみが持てるラオスの姿が読者に映し出されるのではないかと思う。小説を通してラオスの習慣や人々の考え方を知り、異文化理解の一助にしてもらえたらとの思いで、ラオスの文学を日本に紹介していきたいという前田初江氏の今後の更なる活動が楽しみである。